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北陸を舞台とする小説 第6回 「さすらい署長・風間昭平 とやま地獄谷殺人事件」(中津文彦 著)
北陸を舞台とする小説 第6回 「さすらい署長・風間昭平 とやま地獄谷殺人事件」(中津文彦 著)
「さすらい署長・風間昭平 とやま地獄谷殺人事件」(中津文彦 著、光文社文庫<光文社>、2005年11月発行) <文庫書下ろし>
<著者紹介>中津文彦(なかつ ふみひこ>(1941~2012)(文庫本には著者紹介記載なし)
岩手県一関市出身。岩手日報社で報道記者として勤めていた1982年、デビュー作『黄金流砂』で第28回江戸川乱歩賞を受賞。その後、退社して作家活動に専念。2012年4月24日、肝不全で逝去
本書は、作家・中津文彦氏(1941~2012)による、人気シリーズ「さすらい署長・風間昭平」の一作品。このシリーズの主人公は、警察庁から特命を受け、全国の所轄署の署長職を転々とするが、何らかの事情で署長職が空席になった署において次の署長が着任するまでの短期間でのつなぎ的な勤務のため、「さすらい署長」と呼ばれる風間昭平。中津文彦氏による「さすらい署長・風間昭平」シリーズは、1作目刊行の2003年9月から逝去直前の2012年2月の刊行まで12作、各地を舞台に出版発行が続いたが、本シリーズを原作とするテレビドラマ「さすらい署長・風間昭平」も、2003年からテレビ東京・BSテレビ東京共同制作で、主演は北大路欣也氏でシリーズ化され、放送開始から20年経った2023年にもスペシャル版が放映されている。
書籍の「さすらい署長・風間昭平」シリーズ3作目となる本作品は、本書タイトルが「とやま地獄谷殺人事件」とあるように、富山県が舞台であるが、主なストーリーの展開場所は、富山県内の富山市、高岡市、小矢部市。そして、本書タイトルにある「地獄谷」とは、寿永2年(1183)5月11日深夜から翌未明にかけて、越中・加賀国の国境にある砺波山の倶利伽羅峠(現・富山県小矢部市&石川県河北郡津幡町)で木曽義仲(1154~1184)軍と平維盛(1159~1184?、平清盛の嫡孫)率いる平家軍の間で行われた倶利伽羅峠の戦い(砺波山の戦い)で、「源平盛衰記」では1万8千の平家武者が谷に追い落とされて死んだと書かれている谷が、地獄谷と呼ばれるようになったもの。ちなみに谷底を流れる川は、傷ついて倒れた武者たちの血膿で溢れんばかりになったというので、膿川と呼ばれる。
本書作品のストーリーは、主人公の”さすらい署長”風間昭平が、警察庁から極秘任務を与えられ、ある年の11月初旬に、富山中央警察署の署長として富山市に単身で赴任する。その直後、11月13日の日曜、石川県との境にある倶利伽羅峠付近で、富山市白銀町に住む56歳資産家の金融業者・旭商事社長の中江紀一郎の他殺死体が発見される。目撃者は、富山県小矢部市石動町で印刷業を営む54歳男性・小山武之で、毎朝、自宅から倶利伽羅峠までジョギングをしているが、朝もやの中で鎧武者が血刀を振りかざしていて被害者を刺し殺しているところを見たと証言。倶利伽羅峠の地獄谷には、平家武者の怨念が残っていて、今でも亡霊が出ると言われ、しかも、その亡霊は通りがかった人を源氏の者と思い込んで襲いかかるとも言われているので、何者かが、その姿を借りて中江紀一郎への恨みを晴らそうとしたのか? この奇怪な殺人事件の真相を究明する「さすらい署長」の推理捜査が始まる。
56歳の被害者・中江紀一郎の36歳の後妻である美和子の実家が、富山県高岡市金屋町で藩政時代からの鋳物工場を経営している銅器の製造販売の「北森商店」。捜査線上に北森商店が浮かび上がり、さすらい署長の推理捜査は高岡市にも及んでいく。美和子の父親である62歳の北森清右衛門は、妻を病気で亡くすも家業の鋳物業を一筋にやってきた実直な人物ながら、1か月ほど前から失踪したまま。店の経営が苦しくなっており、それを苦にして家出したらしい。
北森清右右衛門には美人の三人姉妹の娘がいて、中江紀一郎に嫁いだ長女の美和子以外、下の2人は独身で、東京で学生生活を送った次女の香苗は、年がら年中バイクであちこち飛び回っている34歳のルポライター。3女の31歳の千佳子は藩政時代から8代続いてきた老舗の店を守り伝統の銅器鋳物を作り続けていこうと、東京の芸大工芸科を卒業した後。鋳物師になって家業を継いでいる。その後、中江紀一郎の事件捜査が膠着状態に陥るも、旭商事顧問で、中江紀一郎の片腕だった税理士の津村俊彦が、中江の殺人事件の10日後の11月23日夜、富山市五福の住宅街の津村の自宅近くで刺殺され、二つの事件の凶器が極めて似たものであるとわかり、事件が重なったことで一気に大きく揺れ始めることになる。
内閣情報調査室が内偵を進め、さすらい署長の風間昭平も警察庁から特命で追う“T作戦”とは、韓国には、早期に南北統一を果たすためには武力制圧しかないとする北進論の過激派がいて、北竜会と称するグループが最も過激なことで知られ、北朝鮮を挑発して紛糾を起こし南北双方の軍事衝突を誘発するという作戦で、この作戦の為に動き出し、富山県内に活動拠点を設けたらしい。このT作戦の件と殺人事件とは関係があるのかないのかも気になるところだが、この日本国内での活動拠点で、国際謀略戦に加担し、兵器密輸から軍艦偽装というとんでもない犯罪を犯そうとする造船会社の所在地が富山県高岡市伏木という設定。
庄川と小矢部川という二つの川が並んで富山湾に注いでおり、その河口一帯が富山県の歴史のある港町の伏木。1889年(明治22年)4月の町村制施行で富山県射水郡伏木町が成立していたが、1942年(昭和17年)4月1日に、高岡市に編入合併し、以来、富山県高岡市伏木地区になっている。古く奈良朝から越中国の国府が置かれ、万葉歌人として有名な大伴家持が国守としてここに5年間滞在した歴史がある富山県高岡市伏木も、国府が置かれて栄えた後も、江戸期には北前船の寄港地として賑わい、富山県内では最も復るから開けた歴史の町だが、今は化学工業の高い煙突が聳える臨海工業地帯でもあると本書でも紹介され、義経伝説ゆかりの地、如意の渡しにも触れられている。
本書のストーリー展開は、過去のシーンを別として、具体的な年代は明記されずに、ある年の11月初旬から1か月間の期間となっているが、2005年(平成17年)設定と分かる。富山市は、平成の大合併で近隣の6町村と一緒になり、人口も40万を超えたという記述があり、これは平成17年(2005年)4月1日、旧富山市、大沢野町、大山町、八尾町、婦中町、山田村、細入村が合併している。また、60年前に太平洋戦争末期に富山が大空襲を受けたことが述べられ、これは1945年8月2日午前0時36分、米軍のB29大型爆撃機174機が、富山市中心部に50万発以上の焼夷弾を投下し、町は一瞬にして焦土と化し市街地の99・5%を焼き尽くし、被災した人はおよそ11万人、亡くなった人は2700人を超え、地方都市としては人口比で最も多くの犠牲者を出したと言われる「富山大空襲」のこと。また最初の殺人事件死体発見の11月13日が日曜日とあり、2005年も該当。
また、事件関係者たちの足取りを追う中で、富山市内や高岡市内、小矢部市の倶利伽羅峠付近や、富山市・高岡市・小矢部市間の車での移動ルートなど、実在の地名や場所がたくさん登場するので、地図を見ながら旅情気分も存分に味わえる。本書ストーリーの重要な展開場所となる、高岡銅器の中心的な地区で千本格子の家並みが続く高岡市の金屋町をはじめ、万葉線や港町の伏木など高岡市の観光名所紹介も十分に頁を割いている。近世以来の高岡の町の歴史の紹介も詳しい。
高岡の町を開いたのは、加賀前田家2代当主・初代加賀藩主の前田利長(1562~1614)で、1605年、前田利長は異母弟の前田利常(1594~1658)に加賀藩主の座を譲ると富山城に隠居するが、慶長14年(1609)に富山城焼失。そこで、同年(1609)当時、関野と呼ばれていた高台に新たな城を築いて移り住むことにし高岡と改めた。小矢部川と庄川の二つの流れに挟まれたこの台地は、古くから国府のあった伏木に近く、交通の要衝であり、山海の資源にも恵まれていた。このため、前田利長はここを産業都市とする構想を抱き、様々な業者を呼び寄せた。砺波郡西部金屋(かなや)から鋳物師たちを招いたのも、そうした一貫。
ただ前田利長は移住して4年後の1614年に病没。1615年(元和元年)一国一城令により高岡城は廃城となったが、前田利常は亡兄の遺志を受け継ぎ、高岡の都市育成に力をいれた。鋳物師たちが4百年前に住み着いたところが今なお、金屋町(かなやまち)として残り、鋳造所が多いのも、こうした利長、利常兄弟の保護政策によってしっかりと根付いたから。鋳物業は地場産業として成長していったが、やがて江戸から明治へと技術が進むにつれて、銅器鋳物の製造が盛んになった。とくに仏像、仏具や梵鐘、灯籠など寺院関係のものが作られるようになって大きく伸び、高岡銅器の名は全国に知られるようになっていった。だが、時代の移り変わりとともに、銅器鋳物の需要は減り、問屋や関連業者も含め、凋落傾向が一層激しくなっていると紹介されている。しかし、町並みは美しい佇まいをみせていると、付け加えることは忘れていない。
<関連テーマ>
・富山県高岡市の鋳物産業
・倶利伽羅峠の戦いと地獄谷
・富山大空襲(1945年8月2日)
・富山県高岡市伏木地区
・近世以来の高岡の町の歴史と高岡城<主なストーリー展開時代>
・2005年11月~12月
<主なストーリー展開場所>・
・富山県富山市(白銀町、今木町、梅沢町、桜木町、新富町、山王町、五福、丸の内)
・富山県高岡市(伏木、金屋町、広小路、坂下町、電車通り、江尻の交差点、木舟町)
・富山県小矢部市(石動町、倶利伽羅峠)
<主な登場人物>
・風間昭平(主人公のさすらい署長、富山中央署長)
・山県芳郎(富山中央署副署長)
・柳原富雄(富山中央署の刑事一課長)
・井上淳一(内閣情報調査室の調査官で、情報収集の為に富山の浜崎海運の臨時社員を偽装)
・徳田和也(富山中央署の50絡みのベテラン刑事)
・小沢茂夫(富山中央署の中年の刑事)
・荻原由利子(大阪出身で大学の史学科卒業の富山中央署の若手刑事)
・篠塚(富山中央署の若い刑事)
・緒方(富山中央署の刑事)
・中江紀一郎(富山市白銀町にオフィスと住居がある旭商事社長、56歳)
・中江美和子(中江紀一郎の妻、36歳)
・北森清右衛門(中江美和子の62歳の父。高岡市で鋳物工場、北森商店を経営)
・北森香苗(北森清右衛門の34歳独身の次女)
・北森千佳子(北森清右衛門の31歳独身の3女)
・草苅誠治(北森商店の鋳物工場の若い職人。高岡市内の小さなアパートで独り暮らし)
・津村俊彦(旭商事顧問で中江紀一郎の片腕の45歳の税理士)
・文代(津村俊彦の妻、経理専門学校を卒業し就職した税理士事務所で津村と出会う)
・中江陽介(中江紀一郎の病死した前妻との25歳の一人息子で富山市今木町在住)
・長谷川明(中江紀一郎と高校同級生の弁護士で富山市丸の内2丁目に法律事務所を構える)
・小平シズエ(中江家の通いの64歳のお手伝い)
・小山武之(富山県小矢部市石動町で印刷業経営を54歳男性。草苅誠治の母親の弟)
・下村孝司(富山県高岡市伏木町の下村造船社長)
・波多野(高岡警察署署長)
・鰐淵(高岡警察署の刑事)
・渡辺勝男(富山中央署長の前任者で脳卒中で急逝)
・富山医大の加納教授
・富山市室町通りの黒川歯科医院の夫人
・渡し船「如意の渡し丸」の初老の船頭
・ロシア船のロシア人船員たち
・小さな工務店の親父(息子が中江陽介と小中学校で同級生)
・白井あけみ(富山市桜木町のスワンというバーの女)
・暴走族・蜃気楼グループのボスの女
・香港の貿易商(日、韓、中、英語を自由に操る達者な男)
・津村を富山市内で乗せたタクシー運転手
・富山空港のレストランのウエイトレス