北陸の文化史跡・遺跡 「大野藩洋学館跡の碑と伊藤慎蔵先生顕彰碑」(福井県大野市明倫町)

北陸の文化史跡・遺跡
「大野藩洋学館跡の碑と伊藤慎蔵先生顕彰碑」(福井県大野市明倫町)

(写真下:「大野藩洋学館跡の碑」(福井県大野市明倫町)、2024年5月2日午後訪問撮影)

大野藩洋学館跡の碑
大野藩主土井利忠公は、安政3年(1856)5月5日、この地に蘭学所を開設し、教授伊藤慎蔵に蘭学の指導を委嘱された。これを助けたのは藩士西川貫蔵や山崎譲らであった。伊藤慎蔵は長州萩の人で、緒方洪庵の高弟であったが、土井利忠公が礼を厚くして大野に招き、俸禄百石をもって待遇された。蘭学所はのちに洋学館となり、原書や辞書も充実した。我が国最初の気象学の翻訳書「颱風新話」と翻刻書「英吉利文典」も洋学館から出版され、「築城全書」や「三兵用訣精論」等の兵学書数部もまた同館で翻訳された。大野藩の蘭学は、その砲術訓練や蝦夷地開拓とともに全国に知られ、20余藩から当城下に留学した者は数十名に及んだ。ここに往時の盛況を極めた大野藩洋学館の事績を明らかにする。

越前大野藩7代藩主主土井利忠(1811年~1869年)は、開明的改革思想の英明な藩主で、幕末期に藩政改革に着手し、も門閥を問わず、優秀な人材を登用し、在位44年の間に財政再建を成し遂げたほか、4万石の山間小藩ながら様々な事業を行い、幕末諸藩の藩政改革の中でも目を見張る成果を挙げている。藩制改革の様々な事業には、藩校明倫館の開設・国書漢籍の充実、西洋医学の採用・種痘の実施・病院の開設、西洋砲術の採用・鉄砲の製作、藩店「大野屋」を全国各地に開店、蝦夷地探検と開拓・屯田の実行、藩船大野丸の建造などの事業とともに、洋学館の開設・洋書購入・翻刻出版の事業を遂行。

土井利忠は、天保14年(1843年)7月、「学校創設の令」を出し、仮の校舎として藩の会所内に授業所を設立。翌弘化元年(1844年)4月に校舎が新たに建てられた際、「明倫館」と名付けられる。藩校「明倫館」では当初、国学・漢学・医学・習字・習礼等の授業が行われていたが、次第に洋学の指導が行われるようになり、土井利忠は、大野の洋学教育をさらに隆盛させるために、安政2年(1855年)12月、大阪の適塾から長州出身の塾頭・伊藤慎蔵(1825年~1880年)を招き、翌安政3年(1856年)2月、禄百石をもって遇し蘭学教授に任ず。同年5月には、第二の藩校「蘭学館(蘭学所)」(翌年に「洋学館」と改称)が開設され、伊藤慎蔵はその教授方を命じられた。

この大野洋学館には、丸岡・勝山・大聖寺・(越前)府中などの近藩はもとより、肥前佐賀藩や豊前中津藩など全国各地から留学生が集まった。大野洋学館では、原書や辞書の蔵書も充実し、また、翻訳・出版事業を盛んに行い、我が国最初の気象学の翻訳書「颱風新話」と翻刻書「英吉利文典」も洋学館から出版され、「築城全書」や「三兵用訣精論」等の兵学書数部もまた同館で翻訳された。「大野藩洋学館跡の碑」は、越前大野城ふもとにある観光拠点の「越前おおの結ステーション」の北側に建ち、道路を挟んで広瀬病院(大野市城町)の南側。「大野藩洋学館跡の碑」の左側に、「伊藤慎蔵先生顕彰碑」が建ち、その間に、「幕末の大野藩に遊学した人々」の碑が建っている。

(写真下:「伊藤慎蔵先生顕彰碑」(福井県大野市明倫町)、2024年5月2日午後訪問撮影)

伊藤慎蔵先生顕彰碑
先生略歴
文政8年(1825)長門国、萩に医師の子として生まる。名は精一。
嘉永2年(49)緒方洪庵の適塾に入塾。のちに塾頭。慎蔵と改名。
安政3年(56)大野藩主土井利忠公の招きで同藩洋学館教授。教官とともに「颱風新話」など蘭学書訳出多数。
文久元年(61)辞去。大阪ついで名塩で蘭学塾開設。
明治2年(70)大阪開成所数学教授。
明治4年(70)文部大助教拝命。同6年辞去。
明治13年(80)東京で病没。55才。
先生は大野の地に新学問の気風をおこし、全国からの館生を教育して新時代の指導者を育成された。よって先生の御業績を讃え、ここに顕彰する。
緒方洪庵氏の曾孫、緒方富雄氏(大野藩洋学館生緒方平三氏の孫、東京大学医学部教授)に学んだ伊藤幸治(大野市出身、東京大学医学部教授) 平成11年(1999)建之

(写真下:「幕末の大野藩に遊学した人々」の碑(福井県大野市明倫町)、2024年5月2日午後訪問撮影)

幕末の大野藩に遊学した人々
安政2年(1855)12月以後、大野城下の洋学館や明倫館等に滞在して蘭学や砲術を研究した諸藩の人々の氏名と大野到着の日付はおよそ左記の通りである。
・大坂緒方洪庵の高弟 伊藤慎蔵 安政2年12月9日
・加賀大聖寺藩士 梅田八百吉 安政3年5月6日
・丹波梅迫谷帯刀の陣屋 十倉鴻亭 安政3年5月7日
・越前丸岡藩士 笹木仙蔵 安政3年5月8日
・越前勝山藩士 前野菊次郎 安政3年5月11日
・丹後蓬島 嵯峨根見竜 安政3年5月14日
・丹後宮津藩 岡 次郎 安政3年5月14日
・摂津名塩 億川翁助 安政3年6月30日
・大坂緒方洪庵の次男 緒方平三 安政3年6月30日
・大坂緒方洪庵の三男 緒方四郎 安政3年6月30日
・越前勝山藩士 秦 金弥 安政3年7月22日
・越前鯖江藩士 斎藤五十次 安政3年9月1日
・越前鯖江藩士 松本五郎 安政3年10月6日
・越前鯖江藩士 五十嵐留吉 安政3年10月12日
・江戸深川御徒士組屋敷 中山八郎 安政3年10月21日
・肥前鍋島藩士 石丸善一郎 安政4年1月24日
・越前勝山藩士 宮川直江 安政4年2月15日
・肥前 福島文斎 安政4年4月19日
・大坂町医 魚川白翁 安政4年5月5日
・若狭小浜藩士 安田嘉右衛門 安政4年5月28日
・丹後宮津藩士 安田謙曽 安政4年閏5月19日
・加賀大聖寺藩士 小塚惣八郎 安政4年6月25日
・越前勝山藩士 秦 朴三郎 安政4年7月26日
・伊予宇和島藩 神山見順 安政4年7月26日
・豊前中津藩 加藤条之助 安政4年8月18日
・金沢長又次郎家来 山本与五郎 安政4年9月16日
・加賀大聖寺藩士 渡辺卯三郎 安政4年11月20日
・越前坂井郡本荘 藤野昇八郎 安政5年3月29日
・福井藩士 山形新太郎 安政5年3月29日
・丹後宮津藩士 安田比三郎 安政5年4月2日
・越前府中立石町 松川竹次郎 安政5年4月27日
・越前府中 瀬戸見竜 安政5年5月26日
・京都室町 安藤董太郎 安政5年8月2日
・美濃赤坂 所 郁太郎 安政5年8月2日
・讃岐高松 山崎吉郎 安政5年8月2日
・越前丸岡藩士 坂部槐蔵 安政5年8月26日
・越前勝山藩士 脇屋三郎 安政5年8月26日
・越前勝山藩士 木原一太郎 安政5年8月26日
・越前府中藩士 平野衛士 安政5年9月4日
・越前府中藩士 大橋伊門 安政5年9月4日
・越前敦賀郷士 吉田八郎 安政6年2月11日
・加賀大聖寺藩士 河野俊之助 安政6年2月26日
・越前勝山藩士 福井武太郎 安政7年2月11日
・越前丸岡藩士 栗原源左衛門 万延元年閏3月26日
・武蔵河越領 宮崎太亮 万延元年8月29日
・越前勝山藩士 伊藤兼四郎 万延元年11月23日
・摂津名塩 馬場尚徳 万延2年1月3日
・福井浪人 蒔田兵吉 慶応元年9月29日
・福井町 伊奈謙堂 慶応2年2月27日
・越前鯖江藩士 喜多山峡吉 慶応3年4月4日
・越前勝山藩士 黒柳大六 年月不明
・越前勝山藩士 三竹侗助 年月不明
・越前勝山藩士 秦 寅四郎 年月不明
・越前鯖江藩 中村正玄 年月不明
・安芸 石井道平 年月不明
・加賀大聖寺藩 深町敏雄 年月不明
・丹後宮津藩 依田伴蔵 年月不明
・丹後宮津藩 岡島栄之助 年月不明

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