- Home
- 北陸地域関連書籍, 「越」関連書籍紹介, 北陸を舞台とする小説
- 北陸を舞台とする小説 第1回 「金沢あかり坂」(五木寛之 著)
北陸を舞台とする小説 第1回 「金沢あかり坂」(五木寛之 著)
- 2023/3/25
- 北陸地域関連書籍, 「越」関連書籍紹介, 北陸を舞台とする小説
- 手取川, 七つ橋めぐり, 主計町のお茶屋(仲乃家、一葉、まゆ月、えんや), 白峰地方, 小村雪岱, 主計町の鍋料理の店(太郎、みふく等), 天神橋, 泉鏡花, 久保市乙剣宮, 小立野, 泉鏡花記念館, ニューグランドホテル, 五木寛之, 滝の白糸, 香林坊のシネモンド, 金沢, 富田主計, 内灘, 犀川, 木津屋旅館, 歌いながらパンを得よ, 浅野川, ハッタロウ伝説, 中原中也, 室生犀星, 暗がり坂, 金沢文芸館, 金沢・主計町の旧町名復活, あかり坂, 卯辰山, 主計町茶屋街, 金城楼(橋場町の料亭)
北陸を舞台とする小説 第1回 「金沢あかり坂」(五木寛之 著)
「金沢あかり坂」(五木寛之 著、文春文庫(文藝春秋)、2015年2月発行)
<著者紹介>五木 寛之(いつき・ひろゆき)
1932年福岡県生まれ。生後間もなく朝鮮に渡り、1947年引き揚げ。1952年、早稲田大学文学部露文科入学。1957年に中退。編集者、ルポライターなどを経て、1966年「さらばモスクワ愚連隊」で第6回小説現代新人賞、1967年「蒼ざめた馬を見よ」で第56回直木賞、1976年「青春の門 筑豊編」ほかで第10回吉川英治文学賞を受賞。1981年より一時休筆して京都・龍谷大学に学んだが、のち文壇に復帰。2002年には第50回菊地寛賞を受賞。著書は「蓮如」「大河の一滴」「他力」「人間の覚悟」「親鸞」「孤独の力」「杖ことば」など多数.<本書著者紹介より。本書発行時>
初出
■「金沢あかり坂」(主計町あかり坂」改題)『オール讀物』2008年4月号)
■「浅の川暮色」『小説現代』1978年2月号
■「聖者が街へやってきた」『別冊文藝春秋』1970年110号
■「小立野(こだつの)刑務所裏」『小説現代』1978年2月号
金沢と大変ゆかりのある作家、五木寛之氏による古都・金沢を舞台とした4編の短編集。1932年生まれの五木寛之氏は、1965年4月に学生時代から交際していた早大文学部の後輩、金沢市出身の旧姓・岡玲子さん(1934年、金沢市生まれ)と結婚し、東京でのマスコミ関連の仕事から退き、1965年6月に金沢に転居し小説執筆に取りかかる。金沢移住後の1966年「さらばモスクワ愚連隊」で第6回小説現代新人賞、1967年『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞を受賞、1967年発表のエッセイ「風に吹かれて」も大ベストセラーとなるなど、小説家・随筆家として大成功し1969年10月に東京へ転居するまでの4年間を金沢で暮らしている。
金沢を舞台とした本書収録4編作品のうち、「金沢あかり坂」(初出2008年)と「浅の川暮色」(初出1978年)の2作品については、発表された時期は30年も異なるが、ともに、金沢でも、ひがし茶屋街、にし茶屋街と並ぶ金沢3茶屋街の一つの主計町(かずえまち)茶屋街とそこで芸妓として働く若い女性がヒロインで、金沢という都市の花柳界の雰囲気にどっぷり浸かれる作品。ただ、「金沢あかり坂」では、1999年10月に主計町の旧町名が尾張町2丁目から復活する頃や、その時期に20代初めで地元テレビ局でアルバイトをしていたヒロインがその後、主計町茶屋街の芸妓になっていくことが書かれているが、「浅の川暮色」では、15年ぶりに金沢を仕事で訪れた主人公男性が、主計町の町名が無くなり尾張町になってしまっていること(1970年に主計町の町名が変更)を残念がる場面があるので、2作品の時代背景の違いも分かるはずだ。
この短編集のタイトルになり、本書の巻頭を飾っている作品「金沢あかり坂」(2008年発表)のヒロインは、金沢の浅野川界隈の花街で植木職人の父(父親の両親は能登から金沢に出てきた)と、能登の宇出津(うしつ)出身で主計町の木津屋旅館で下働きの仕事をしていた母との間に生まれ育った高木凛は、早くに両親を亡くし様々なアルバイトを経て主計町のお茶屋「一葉(ひとは)」の遅先きの芸妓になる。金沢の地元ローカルテレビ局のアルバイト時代に出会った映像ディレクターの別れた恋人・黒江徹の記憶をひきずったまま、失意の日々を送るが、そんな彼女の心の傷を癒してくれたのは、嫌悪していたはずの父が遺した篠笛を吹くことで、そこから主計町の芸妓の世界に入っていくことになる。
作品終盤での、高木凛と黒木透の金沢での再会の場面もなかなか良く、二人が出会って愛を深めながらも、不遇の時期が長かった黒江透が上京して映像作家としての成功のチャンスを掴みたいということからの別れのストーリーも読みごたえある。彼岸の深夜、浅野川の「七つ橋めぐり」でのデートシーンも微笑ましい。古都・金沢の主計町という情緒ある場所も相まって、浅野川らしい、ひっそりと控えめな、どことなく微妙な陰翳を感じさせるヒロインがが魅力的ん、恋と青春の残滓を描いた素敵な作品。浅野川と犀川についての記述から始まるこの作品の書き出し部分の文章は特に美しい。
金沢の三茶屋街の一つである主計町茶屋街の裏手に、暗がり坂と名の付く坂と、名無しの坂の二つの石段の坂があり、この実際にある名前のない坂には、本作品が発表された2008年、五木氏により、「あかり坂」と名付けられた。その坂の標柱には、”暗い夜のなかに明かりをともすような美しい作品を書いた鏡花を偲んで、あかり坂と名づけた。あかり坂は、また、上がり坂の意(こころ)でもある 平成20年秋 五木寛之”と刻まれている(石川県金沢市主計町3-22 地先)。この作品の中でも、泉鏡花の研究家の老詩人が、町の人たちから坂の名前を考えてくれと、何年も前から言われていたんだが、ヒロインの高木凛をみて、イメージが沸いたとして、「暗がり坂」に対して「あかり坂」というのはどうかと提案している場面も登場する。
2番目に収録された1978年2月初出作品「浅の川暮色」も、金沢という古都の花街の主計町茶屋街が主舞台。主人公の森口守は40歳手前の一流新聞社の事業部次長であり、十数年ぶりに仕事で金沢を訪れるが、大学卒業後、金沢支局に配属され、金沢で過ごした3年間の記憶の底には罪悪感が潜んでいた。金沢に赴任時の23歳の時に友人の案内で主計町の料亭を知り、その料亭「しのぶ」の養女となっている高校2年生の柴野みつという少女と出会い、二人が次第に親しくなるが、その10代の娘のひたむきな感情を、残酷にもエゴイズムから捨て去り、酷い仕打ちをしたうえに、自ら東京での出世を求めて金沢を去った過去があった。
ヒロインの柴野みつは、手取川上流の白峰地方(白峰村、現在は2005年2月に新設合併誕生の白山市白峰)の農家の娘で、遠い親戚にあたる主計町の鍋料理屋「次郎」の女主人の口ききで、5歳の時に主計町の料亭「しのぶ」に養女として入籍され、料亭で下働きとして使われ、成長してからはその養家から芸者として出ることを最初から決められている哀れな運命の少女だった。卯辰山での逢引、38豪雪時の料亭での初接吻、結ばれた内灘海岸のドライブなど、二人の出会いから、次第に親しくなっていく過程でのヒロインの少女の初々しさや、非情な別離のシーンでのヒロインの少女の深い情念に引き込まれてしまうほど、このヒロインの少女も強い存在感を放っている。
3番目に収められている作品「聖者が街へやってきた」は、主計町茶屋街の花街の情緒ある男女の世界を描いた上述2作品とは全く趣が異なる作品で、この収録作品4編の中では、1970年初出と最も早い時期に書かれたもの。古い城下町のK市(金沢市のことは明白)に住み、地方ラジオ局のプロデューサーを務める魚谷洋介は、行きつけの喫茶店で、街にヒッピーが集まり始めているという話を聞き、魚谷は仲間と語らい、このヒッピーの話を利用して、K市の保守性を破壊するとともに地方から全国への情報の発信源になることを画策するというストーリー。
最後に収められている作品「小立野刑務所裏」は、小説というより、金沢での著者自らの生活ぶりを私小説風に語っているエッセイのような作品。20頁の短編だが、金沢の町並みや著者の生活ぶりが存分に伺える作品。五木寛之氏は、1965年6月に金沢市に転居するが、この作品に描かれている通り、金沢で最初に住んだのが、金沢の町でもかなりはずれのほうの、小立野(こだつの)という台地の隅のあたり。小立野5丁目の金沢刑務所の真裏の「東山荘」といったアパートの2階の一番端の部屋に、結婚したばかりの配偶者たる妻の玲子さんと住み始める。この作品には、”やがて配偶者は、隣りの福井県のある病院に勤めることになった。彼女は週に何日かだけそのアパートに帰ってきた。」とも書かれている。この金沢市の小立野にあった煉瓦塀の金沢刑務所は明治40年に建てられ、1970年に使用を止め、その跡地には1972年に金沢美術工芸大学が移転している。当時の五木寛之氏の暮らしの様子や、金沢の街でのお気に入りのいろんな店や場所なども、いろいろ書かれている。金沢では3度移り住んだそれぞれの場所が、刑務所裏、精神病院裏、警察学校裏とのことだ。
主な登場人物
「金沢あかり坂」
・高木凛(主計町の31歳の芸妓「りん也」。23歳から主計町で芸妓として働き始める)
・黒江透(フリーの映像ディレクター)
・池高志(金沢の地元放送局の報道制作部門チーフ・プロデューサー、黒江透の幼なじみ)
・西専務(池高志が務める金沢の地元放送局の上司)
・高木庄司(凛の父親、浅野川界隈で知られた植木職人)
・高木光江(凛の母親。主計町の木津屋旅館で下働きの仕事)
・高木凛の母方の祖母
・笛師艶也(幼い頃から笛の天才といわれてきた両性具有の美貌のアーチスト)
・高橋冬二郎(泉鏡花の研究家で詩人)
・主計町の「一葉」の女将さん
・高木凛の自宅近くの和菓子屋のおかみさん
「浅の川暮色」
・森口守(全国紙の新聞社事業部次長)
・柴野みつ(主計町の料亭「しのぶ」の養女)
・主計町の鍋料理屋「次郎」の女主人
・早崎登(金沢の古い酒造会社の長男。森口と大学で同級)
・とく子(主計町「しのぶ」の芸者)
・菊也(主計町「しのぶ」の芸者)
・森口守と同じ前後櫛新聞社の金沢支局の若い記者
・市村四郎(早崎登の伯父で、県会議員で建設会社社長)
「聖者が街へやってきた」
・魚谷洋介(金沢の地方ラジオ局のプロデューサー)
・魚谷恵子(魚谷洋介の妻で、地方ラジオ局から市内のデパートの宣伝部に転職))
・塩沢(魚谷の同僚)
・早崎登(魚谷が勤務のラジオ局と同系列の地方新聞社の文化部記者、有名な酒造家の長男)
・スタンド珈琲店「マイルス」のモダン・ジャズ好きの中年店主)
・山岸(魚谷が勤務のラジオ局制作部長)
・武島(少年係の警察官)
「小立野刑務所裏」
・私
・私の配偶者
・NHKの井上という友人(金沢に縁のある男)
・太郎のおばあちゃん(主計町に「太郎」という鍋料理の専門店を経営する老婦人)
・主計町の「一葉(ひとは)」という料亭のおかみさんと娘さん
・古本屋の眼鏡をかけた主人