北陸を舞台とする小説 第10回 「若狭小浜殺人紀行」(石川真介 著)


「若狭小浜殺人紀行」(石川真介 著、コスミックインターナショナル、2002年5月発行)

<著者紹介>石川真介(いしかわ しんすけ)(本書掲載著者紹介より・発行当時)
1953年、福井県鯖江市生まれ。東京大学法学部卒業。トヨタ自動車(株)生技管理部門で活躍中。1991年処女長編『不連続線』(光文社文庫刊)で第2回鮎川哲也賞を受賞。作品は『金沢能登殺人周遊』(青樹社刊)など、女性の数奇な運命を織り込んだミステリーが多い。福井県ふるさと大使。鯖江市ふるさと大使。豊田市五ヶ丘在住。

本書は、1991年にデビュー作「不連続線」で第2回鮎川哲也賞を受賞した福井県鯖江市出身の推理小説作家、石川真介氏による若狭小浜が主舞台となる書下ろし旅情ミステリー。著者の作品シリーズでは、女流推理作家で事件記者でもある吉本紀子と警視庁広域捜査官の上島透警部のコンビが活躍するが、本書でも、このコンビが事件の解明にあたる。シリーズで活躍する探偵役の推理作家の吉本紀子は、デビュー作『不連続線』ではまだ小説を書いてはいないが、続く次作の福井県嶺北地方を主舞台とする「越前の女」(東京創元社、1992年12月)では、吉本紀子は、その後、新人の長編推理小説を幅広く公募するアリバイ崩しを得意とする本格推理作家の名を冠した賞の第2回受賞者として人気を博している32歳の未亡人として福井県に登場。本作品は福井県嶺南地方が主舞台で、吉本紀子は、今をときめく新進気鋭の女流推理作家として登場。

ストーリーは、推理作家で事件記者でもある東京在住の吉本紀子が、週刊スクープの竹村編集長から、新企画「迷宮入り難事件をスクープする」で、1年前の若狭小浜のバラバラ殺人を取り上げることになり、その現地取材の依頼を受けるところから始まる。その迷宮入り難事件とは、1年前の5月末の早朝、小浜市の市営臨海公園のゴミ箱から計24個のポリ袋に分けられ、バラバラに切断された人間の遺体がゴミ回収の清掃員によって発見された猟奇バラバラ殺人事件。被害者の身元は、バラバラ遺体が発見された公園近くに住む40歳の秦野精吉と判明するが、事件は迷宮入りしていた。被害者の秦野精吉は、敦賀出身で敦賀商業高校から経理専門学校を経て敦賀市に本社のある若越食品に勤務し勤続20年目の総務部経理課長。小浜に住む同年齢の女性・明恵と婿養子で結婚し、小浜市の自宅から敦賀市の会社にはJR小浜線で通勤していて、バラバラ遺体発見の前夜、敦賀からJR小浜線の最終電車で小浜駅に降り立ち、そこで足跡を断っていた。

若狭小浜でのバラバラ殺人事件の現地取材の依頼を受けた吉本紀子は、京都から上島警部の車で国道367号線を北上し今津町の保坂で国道303号線を西北に進み若狭・小浜を訪れるが、若狭路入りしてまもなく、福井県遠敷郡上中町(2005年3月より現・三方上中郡若狭町)の熊川宿で、たまたま、若狭小浜の有力者で資産家のスーパーチェーングループ社長・三浦豊の妻・三浦嘉代と知り合い、バラバラ殺人の被害者が、三浦嘉代の夫・三浦豊の高校以来の大親友・内科医の小高信男の親戚筋にあたることが分かる。現地取材での心強い協力者を得たつもりとなったが、その日のうちに、小浜市山手にある三浦家邸宅から1歳の一人息子が誘拐されるという事件に巻き込まれてしまう。そして幼児誘拐事件をきっかけに、更なる殺人事件が小浜市で発生するが、1年前のバラバラ殺人事件との関連も含め、複雑な人間関係とともに驚愕の殺人事件の真相が次第に解明されていく。

ストーリー展開場所として、まず福井県小浜市の市街地の各所が多数登場。日本海を代表する要港で京極高次が初代小浜藩主として小浜城築城し、その後酒井家11万石の城下町として栄えた小浜市は小浜湾に臨み美しい景観だけでなく偉人も多く輩出し見所が非常に多い。若狭地方随一の規模と実績を誇る若狭共立病院は、本書のいろんな登場人物が関わる病院としてフィクションだが、小浜市中心街にある杉田玄白記念公立小浜病院を想起させる。吉本紀子の小浜市での宿は、小浜駅からのメインストリート沿いの海近くの高層ホテル「せくみ屋」で実在のホテル。小浜水産高校(小浜市堀屋敷。2015年3月末閉校)や若狭高校、雲浜小学校、梅田雲浜生誕地。小浜聖ルカ教会(小浜市千種)、蘇洞門観光の出航地の小浜港のフィッシャーマンズ・ワーフなども紹介されている。

小浜公園には山川登美子の歌碑や佐久間艇長の銅像があるが、小浜公園内の佐久間艇長の銅像は、ストーリーの展開でも重要なスポットとして登場。また、更なる殺人事件が若狭で起るが、この場合の”若狭”は、この地帯を指す一般名称の若狭ではなく、内外海半島の南にある、若狭湾の支湾の小浜湾に面した若狭という地区(小浜市若狭)。更に、2005年3月には、若狭町(三方上中郡)が、三方郡三方町と遠敷郡上中町が合併して発足している。

小浜市市街地だけでなく、本書のストーリー展開場所としては、若狭湾に沿う長い若狭路が旅情をかきたてられる。小浜市から東の方向の上中町・三方町(現・若狭町)、美浜町、敦賀市方面については、まず、幼児誘拐犯から逐次連絡が入る身代金受け渡しルートで紹介される。小浜市内から国道162号線を三方五湖方面に向かい、阿納(小浜市)という小さな集落から、阿納海水浴場、大熊海水浴場(小浜市大熊)、志積海水浴場(小浜市志積)、矢代海水浴場(小浜市矢代)を経て、三方五湖の三方湖近くの世久津(現・若狭町田井)で常神三方線を北上し、水月湖、遊子海水浴場(現・若狭町遊子)、神子神社と、常神半島の西海岸を北上後、東海岸に向かう野道を指示されている。また、若狭湾国定公園を代表酢する景勝地で小浜湾を構成する内外海(うち富)半島の突端部に位置する蘇洞門(そとも)でも事件が起こり、事件の捜査で、美浜町佐田から敦賀半島西側に入り水晶浜まで訪ねたり、三方湖を臨む藤ヶ崎という見晴らしのいい地点(現・若狭町鳥浜)も紹介されている。

若狭路については、小浜市から西に向かう大飯町や高浜町も、本書のストーリー展開場所として登場しくる。本書の事件に関与する登場人物の一人である、小浜の病院勤務の元看護婦・大矢博子が住む若狭本郷と呼ばれる景勝地は、作家水上勉氏(1919年~2004年)の生誕地としても知られる大飯郡大飯町本郷地区(2006年3月に、大飯郡大飯町は遠敷郡名田庄村と合併し、大飯郡おおい町が発足)。大島半島や青戸の大橋、大飯原発の話題にも触れられている。更に、大飯町から西へとすすみ、高浜原発も近くにある内浦湾の神野漁港(大飯郡高浜町神野浦)の釣り舟宿まで事件の捜査で、吉本紀子たちは訪ねていっている。

本書のストーリー展開において、大きな意味を持っているのが、り上げられているのが、福井県三方町の神官の家に生まれ、小浜中学から海軍兵学校を卒業した海軍軍人の郷土の偉人・佐久間勉(1879年~1910年)。小浜公園内にある佐久間勉像のスポットが何度か登場し、佐久間艇長生誕地碑・佐久間艇長生家・佐久間記念交流会館(現・若狭町北前川)なども紹介されているが、佐久間艇長の存在はストーリー展開の背景としても重要。佐久間勉は、明治43年(1910年)だ第六潜水艇艇長として潜水艇事故で殉職したが、最期の最期まで日本帝国海軍軍人としての矜持を保持し、それは佐久間艇長だけでなく、部下13名の乗員も同様で、潜水艦が引き揚げられて、その内部の様子が明らかとなるや、乗員の人間としての英知と克己心は、日本国内のみならず全世界に感動と称賛の嵐を巻き起こした。

主な福井県人の登場人物の設定もなかなか興味深い。三浦嘉代は、福井市文京町の生まれで、金沢女子大を卒業後に福井新聞社に入社し、経済部記者として「福井県の若き経営者たち」の取材中に小浜市在住の会社経営の資産家・三浦豊と出会い、見初められて結婚し小浜市山手に在住。その三浦家というのは、元は鯖江藩の家老職に繋がる一族で、鯖江市長泉寺町では海産物卸しをしていたが、30年ほど前に小浜に移りスーパー経営と商売替えをしている。三浦家の執事・寺田勝司も生まれも育ちも鯖江市で鯖江高校卒。三浦家の家政婦・末永奈緒美も鯖江高校卒。バラバラ殺人の被害者が婿養子に行った小浜市の秦野家は、小浜藩の藩医の名家で、先代は若狭共立病院の創立に奔走した初代院長。若狭共立病院の2代院長でもある渡瀬敏雄は、三方町北前川生まれで、明治12年(1879年)生まれの祖父は佐久間勉とは同級生。

尚、著者の作品シリーズで探偵役として活躍する吉本紀子と警視庁広域捜査官の上島透警部との出会いは、本作品の冒頭でも紹介されているが、著者のデビュー作『不連続線』での吉本紀子自身が巻き込まれた殺人事件から。吉本紀子は夫を突然の交通事故で失ってからも、東京都目黒区碑文谷で義母と二人暮らしをしていたが、その義母がある日、名古屋駅裏でカバン詰めの殺害死体となって発見される事件が起こり、吉本紀子は上島警部と協力して犯人逮捕に成功。その後、紀子は、アリバイ崩しを得意とする推理界の大御所の名を冠した新人賞を受け、プロの推理作家として執筆活動に入ってからは、警部とは現実の犯罪捜査でも助けあうことが多くなった。また、かつて義母殺しの犯人を追って、福井県で探索の旅を始めた時に親しくなった武生シティホテルのフロント嬢で鯖江在住の大地明子は、本作品にも父親とともに登場している。

目 次
序  章 吉本紀子、若狭路へ
第1章 バラバラ殺人の舞台
第2章 帰宅忌避症候群
第3章 新たな難事件
第4章 犯人からの連絡
第5章 身代金の行方
第6章 誘拐犯の正体
第7章 若狭の死体
第8章 上島警部の登場
第9章   紀子、若狭路を走る
第10章 Xの意味
第11章 沈勇の人
第12章 雨中の人物
第13章 主婦感覚
第14章 愛と憎しみ
第15章 バラバラ殺人の理由
第16章 アリバイの成立
第17章 真犯人はいずこ
第18章 囁きの殺人
終 章 完全犯罪シナリオ

<主なストーリー展開時代>
・2001年5月末~6月
(*具体的な年について明記は無いが、小浜線の電化工事が去年の夏から始まったという文章があり、小浜線電化工事は2000年7月15日に着工。ただ6月4日は日曜とあるが、2001年6月4日は月曜で、2000年6月4日が日曜)
<主なストーリー展開場所>

・福井県(小浜市、上中町・三方町(現・若狭町)、美浜町、大飯町、高浜町、敦賀市、武生)
・東京(目黒区碑文谷)、京都市 ・愛知県名古屋市鳴海

<主な登場人物>
・吉本紀子(東京都目黒区碑文谷在住の新進気鋭の女流推理作家)
・上島透(警察庁殺人専従広域捜査官の警部、本来は愛知県警所属)
・三浦嘉代(三浦豊の妻)
・三浦豊(「スーパー若狭屋」グループ御曹司で40歳社長。三浦嘉代の夫)
・三浦麻彦(三浦豊と三浦嘉代の1歳の一人息子)
・小高信男(若狭共立病院の内科医局次長で名古屋癌研研究員を兼務する三浦家の主治医)
・秦野精吉(敦賀市に本社のある若越食品の総務部経理課長。結婚後、小浜市に婿養子)
・秦野明恵(英文学を専攻した40歳の小浜市在住の家庭婦人で秦野精吉の妻)
・秦野艶子(もうすぐ80歳となる秦野明恵の実母で、小高信男の叔母)
・秦野艶子の夫(若狭共立病院創立に奔走し初代院長を務めるが、20年前に死亡)
・若越食品の経理課での秦野精吉の直属の部下の男性
・大矢博子(若狭本郷のアパート居住の大手チェーン薬局勤務。若狭共立病院の元看護婦)
・寺田勝司(三浦家の初老の執事。鯖江市出身で鯖江高校卒業後、三浦海産に就職)
・末永奈緒美(三浦家の初老の家政婦。寺田勝司の鯖江高校の2年先輩)
・鈴木亜美(三浦家の若い家政婦)
・渡瀬敏雄(75歳の小浜ホスピス院長。若狭共立病院2代院長で三浦家の元主治医)
・武村桂紀(週刊スクープ編集長)
・大地明子(武生駅裏にある武生シティホテルのフロント嬢)
・大地直文(大地明子の80歳近い父で鯖江在住。武生駅前の越前屋旅館で長年番頭を勤める)
・ジョン・カーター(小浜市若狭に住むイギリス国籍男性で盲目の声楽家)
・ジョン・カーターの小浜生まれの妻
・秋子(小浜市の清掃作業員)
・小浜市の清掃作業員のチーフの初老の男性
・JR小浜駅の若い駅員の男性
・JR小浜駅近くの焼鳥屋の中年男の店長
・小浜警察署長
・中川刑事(上島透警部の部下)
・若狭本郷のアパートの管理人の中年女性
・加藤寛美(三重県の商事会社勤務の若いOL)
・蘇洞門遊覧船「のちせ号」乗務員
・内外海半島の小浜市泊口に住む老婆
・米岡俊郎(福井新聞敦賀支局長)
・小浜湾に面した小さな大衆食堂の女将で原貴志の母親)
・原貴志(敦賀の高校に通い、小浜での浪人生活を経た東京の新大学生)
・敦賀半島西海岸の水晶浜ホテルの副支配人
・美佐(水晶ホテルの60代の仲居頭)
・水晶ホテルのフロント係の若い女性(東京の大学の国文学を出て地元に戻り就職)

・武村浩子(竹村桂紀の妻)
・アジア生命保険小浜支社支社長
・小浜ホスピス入寮の末期患者の中年の主婦たち
・秦野家に先代から入りしていた弁護士
・ガソリンスタンドで働くカーマニアの若者
・大阪から若狭に遊びにきたカーマニアの若者

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