北陸ゆかりの作家による作品 第7回 「梨の花」(中野重治 著、新潮社)

「梨の花」(中野重治 著、新潮社、1959年5月発行)<単行本>

「梨の花」(中野重治 著、岩波書店<岩波文庫>、1985年4月発行)<岩波文庫版>

福井県出身で日本近代文学を代表する作家である中野重治(1902年~1979年)は、明治35年(1902年)福井県坂井郡高椋村一本田(現・福井県坂井市丸岡町一本田)に生まれた文学者で、東京帝国大学へ進学後、昭和初期にプロレタリア文学の新時代を担うも、治安維持法違反で検挙され転向するが、その後も言論統制の厳しい社会情勢の中でも書き続けることを決意し、「村の家」などの転向5部作を執筆。戦後は社会批評を展開するとともに、故郷の暮らしをふる里の言葉を用いて描いた自伝的小説「梨の花」などの名作を執筆。小説「甲乙丙丁」で1969年度野間文学賞を、さらに、小説、詩、評論など多年にわたる文学上の業績で1978年1月、1977年度朝日賞を受賞するが、1979年(昭和54年)8月24日、胆嚢癌により東京女子医大病院で死去(享年77歳)。

中野重治の小説「梨の花」は、1957年1月から1958年12月完結で、雑誌「新潮」に連載され、単行本「梨の花」が新潮社より1959年5月に刊行。1960年1月には「梨の花」により第11回読売文学賞を受賞。中野重治が小学校から中学校に入学する頃までの少年時代を書いた自伝的長篇小説で、時代は、中野重治が第三高椋尋常小学校(卒業時には高椋西尋常小学校に改称)に入学した1908年(明治41年)から、福井城内にあった福井県立福井中学に入学した1914年(大正3年)にかけての約7年間の期間、生家の村・福井県坂井郡高椋村一本田(現・福井県坂井市丸岡町一本田)とその近郊を舞台に、当時の農村の生活と風物を生き生きと浮かびあがらせながら、その中で感受性豊かな少年が成長してゆく姿を描いた作品。「梨の花」を雑誌「新潮」に連載を始めたのは、中野重治が55歳頃の年齢で、その少年期の観察力や感受性にも驚くが、なにより、少年期の詳細な記憶力に圧倒されてしまう。小説の「梨の花」というタイトルについては、本書の中では、主人公の少年が小学6年生の時の第21章で「梨の花」の話題がまず登場する。雑誌「日本少年」の口絵に、「梨の花」という題の油絵が入っていて、梨の木の花が咲いているというだけの絵だったが、見るからに美しく、主人公の少年は、梨の花が美しいと思ったことは一度もなく、同居の祖父が灰小屋の傍で植えている梨の木を見に行くと、今まで一度も梨の花が咲くということさえ気にしたことのなかった梨の花が美しく咲いていたという経験の話。

中野重治自身がモデルとなっている本書の主人公の少年の名前は、高田良平。中野重治の生まれた村は、福井県坂井郡高椋村一本田(現・福井県坂井市丸岡町一本田)ながら、本書では、村の名前は二本田となっている。村の名前では、一本田の北隣の一本田中(現・福井県坂井市丸岡町一本田中)の村の名前は本書では中村となっていて、父親の実家が中村。中野重治の実父の藤作は、一本田中の青池家からの中野家への婿養子。中野重治の生家は、当時、戸数44の農村の福井県坂井郡高椋村一本田(現・福井県坂井市丸岡町一本田)での中農ながら、豪農の山田家(本書では林 家に設定)に次ぐ村の名家。中野重治は、父・藤作(1866年~1941年)、母・とら(1873年~1950年)の次男として生まれるが、中野重治は父親が大蔵省煙草専売局や朝鮮総督府に勤務し、少年期は両親が不在で祖父母の下で育てられる。本書でも、主人公の高田良平少年は、祖父母と村で暮らし、父・母と良平少年の2人の妹すずとはまは朝鮮に住んでいる。本書「梨の花」でも、高田良平少年が、両親が朝鮮に行く前の更に幼い頃について、”良平は、ふた親と一緒には秦野にいた、父は秦野の煙草専売所に勤めていた。その前に平塚にいて、平塚から秦野へ人力に乗って引っ越していったのを覚えている。秦野から二本田へ、良平は汽車に乗って遠いところを帰ってきた。”と語っている。

本書「梨の花」では、「すず」と「はま」の名前で登場する主人公・高田良平の妹は、中野重治の妹の鈴子(1906年~1958年)、はまを(1909年~1932年)で、この小説では登場しない美代子(1913年~1960年)も加えた3人が中野重治の妹。良平少年の兄の大吉は、実家を離れ福井市内の寄宿舎に住みながら福井県立福井中学に通学。週末に福井市内から三里歩いて実家に帰る生活。兄の大吉は、良平少年が小学5年の時に(1912年)金沢の第4高等学校に進学するが、翌1913年、名古屋の第8高等学校高等学校に入り直す。中野重治の兄・耕一(1892年~1919年)がモデル。兄・耕一は、1918年、東京帝大法科を卒業し、松本こよと結婚し、朝鮮銀行に就職し海外に赴任していたが、1919年、ウラジオストックで病死。高田良平少年は祖父母に育てられ、少年期は祖父母の影響が非常に強く、本書「梨の花」でも、祖父母の存在感は圧倒的に大きい。祖母は「おばば」、祖父は「おじさん」として本書「梨の花」に登場するが、中野重治の祖父・治兵衛は、1924年5月死去。一方、祖母のみわは、1914年6月死去。本書「梨の花」では、いろんな物語を語ってくれたり、村や世間の話を教えてくれたり、いろんな料理を作ってくれたり、よく働き、家事一切も行う、素朴善良で、孫を愛しかわいがってくれる祖母が病気になり、亡くなるのは、本書「梨の花」では、良平少年が小学4年生になった頃から、祖母が寝込むようになり、やがて祖母が病死するが、1911年の設定で、第14章の話。祖母が亡くなったことで、一旦、父親、母親が妹2人を連れ朝鮮から帰り、その後は、父親だけが朝鮮に戻り、母親、2人の妹も一緒に暮らすようになっている。

本書「梨の花」の冒頭の書き出しは、”良平は一升徳利をさげて高瀬屋の店を出た。やはり徳利だ。樽にしてくれとは、いつのまにやらいえぬようになっている。高瀬屋のおんさんが、良平を小学校生徒あつかいするからだ。”という文章。祖父の使いで、隣の丸岡町の町中心部の新町あたりの酒屋・高瀬屋の酒を買って1人で徒歩で家に帰るまでの話から始まるが、我慢をして、どこまで行ったら手を持ちかえるか頭で見当をつけている、という、誰にも思い当たるような話に、最初から主人公の少年に共感できる。作品「梨の花」には、目次は無いが、21の章に分かれていて、主人公の少年が小学1年生の頃は、第1章~第3章、小学2年生の頃は、第4章から第11章、小学3年生の頃は第12章から第13章、小学4年生の頃は、第13章から第17章。小学5年生の頃は、第18章。小学6年生の頃は、第19章から第21章。中学1年生の頃は第22章から第23章と、主人公の少年の成長にあわせ、物語が進んでいく。良平少年が「村の学校」と呼ぶ小学校の通学路は、一本田のお寺(善教寺)に村の子供は集まって、一緒に東南の方向にある小学校に通う。中野重治が1908年から1914年まで6年間通った第三高椋尋常小学校(卒業時には高椋西尋常小学校に改称)で、今では現・国道8号線の少し東側のあたり。良平少年は、小学校では唯一人、中学校に進学し、福井城内の福井県立福井中学校に通学。福井市内の「こおしょっ様」興宗寺(現・福井市松本)に寄宿。尚、良平少年の10歳年上の兄・大吉も、福井県立福井中学に福井市内に寄宿して通学しているが、兄・大吉の時代は、村の学校は4年までしかなく、その後、高等科へ行くために丸岡町の町の学校に通っている。

良平少年は、おばば(祖母)と過ごす時間も長く、おばば(祖母)の話は非常に多い。良平少年は、おばば(祖母)から昔話や伝説など、いろんな話を聞かされたり、聞くことが楽しみでもあり、作品の中でも、「きつねの嫁入り」「ちゃなぎの字がわからん話」「おばばのおとし話」「屁こき男の話」「かっぽう鳥のはなし」「みのむし騒動の話」などが詳しく紹介されている。小学2年生の時には、「良平は、いこうなったら何になろうと思ういの。ぼんさまになるのはいやか。」と、おばば(祖母)と将来について話し合うことさえあった。良平の好きな食べ物を作ってくれたり、一緒に家の手伝いをしたりと、良平少年が、おばば(祖母)が大好きなことが良く感じられ、微笑ましいが、おばば(祖母)が病気になり寝込んで亡くなる事は、良平少年にとり、とても深い悲しみの体験となる。農村における暮らしや風物も、少年の目を通して克明に描かれている。子供たちが家の仕事や家族を手伝う場面も多い。おばば(祖母)と一緒に綿畑に綿つみに行ったり、綿くりをしたりしている。縄ないは、得意な仕事とまで言っている。田んぼのこやしとして、鰊を田んぼにさす仕事の手伝いとか、家のランプ掃除をしたり、買物も含めいろんな使いで外出したりしている。おばば(祖母)と一緒に庚申堂の畑に瓜を摘みに行ったりもしているが、一本田西の方に、庚申堂が建っていて、良平の家の畑がここにあり、小さい頃より良平少年は何度もおばば(祖母)の手伝いで畑に来ている。田んぼでは、良平少年も、稲刈りでは、はさ場でのはさかけの手伝いをしたり、田植えの手伝いでは苗運びをしたりする。荷車を引いての父親の運送の仕事を手伝う小学校の同級の少年もいる。

良平少年の暮らす「二本田」(実在の村は一本田)では、隣り近所を始め、同じ村の大人や子供たちとの関わりが深いが、村の中の「堂様」と呼ばれる場所も度々登場。本書第1章で登場する「堂様」境内の虫歯の地蔵様は、今も一本田神明社内の一本田観音院境内に残っている。「二本田」中の村の中では、当主は貴族院議員も務めた林 家(山田家がモデル)という桁外れの豪農の大地主の家があることが異彩を放っていて、良平少年にとっては、非常に驚きでもあり気になることであったようで、自分や周りの家と、同学年の少年がいる林家との比較をあれこれ行っている。林家では、雇い人が何人もいて、めいめい各人の部屋があり、「からかみ」(襖)がある。林家の人たちは美しく、美しさが違う。良平の福井中学の兄は週末には福井市内から徒歩で村に帰ってくるが、同じ福井中学に通う林家の上の少年達は、新庄の汽車停車場から人力に乗って村の家に帰る。林家は屋敷の後ろに「農園」をもっているが、農園以外に百姓仕事はしない。家には練塀があり、塀の屋根も瓦でふいてある。玄関が二つある。普通の家では、しょうちゅう外に出て、町へもいくし、お寺へも行くし、田んぼや畑にも行くのに対し、林家では外に出なくても用事がすむ。断髪屋でも町から道具を抱えてくる、といった具合。なんと言っても、同じ村の同じ学年の子供が、良平達とは同じ村の学校には行かず、雇い人が付き添いで、小学校は丸岡の町の学校に通っている。

良平少年の小学生時代の「二本田」での農村における暮らしや風景・風物も、多種多様、克明に描かれている。食べ物も、農家でとれたものが中心で、かき餅もおいしいが、良平少年が一番おいしいと言うのは、「にかごめし」ジネンジョ山芋の葉の付け根にできる粒(むかご)を、米と混ぜ炊いたもの。家の中での「おぶっけさま」(御仏供様)を毎日仏壇にそなえ「おつとめ」をあげる習慣など、仏教と生活は密接ながら、小説の中では良平の祖父母らがお手継ぎの寺とは別に「木田のお寺」を信仰していて、そのことが「異安心」と呼ばれている。屋根ふき、大八車での村への鰯売り、「虫歯の地蔵様」への祈り、「やいと」、「さんまい」や鍛冶屋、蚊帳、蚊いぶし、神社の祭りなどの話から、村を抜けて大阪へ仕事を求めて出かけて行く村人たちや、村での小作を止めて朝鮮に渡ろうとする村の人たちの話も出てくる。動けないほど恐ろしい吹雪や、屋根の雪が落ちて埋まってしまったことや、雪の下の水の中に足が踏み込んでしまったりと、雪国らしい雪にまつわる体験話も書かれている。たんぼにあがった鯉をつかまえに行って、タニシで土踏まずを切った時の痛さとか、農村の子供らしい。特に農閑期の冬の夜の農村の楽しみとして、村の世話役の家に来る民間芸能の祭文語りや。正月を中心に冬の農閑期に楽しまれた宝引(ほうびき)というくじのような、大人の過ごし方も紹介されている。村での小学生の良平少年にとり、非常に忘れられない出来事の一つとして、隣の家の年下の一郎少年と、注意をして「左義長遊び」をしていたところ、周りの村の大人たちが火事騒ぎとして大げさに振る舞うことがあり、この出来事に良平少年はひどく傷つきながらも、事の大小を大げさに考える大人は大声を上げて通そうとするものだ、と冷静な観察をしていることにも驚く。

村の小学校時代では、子供たち同士での遊びやいたずらが、自由でのびのびとした感じに溢れている。馬の腹の下をくぐる、雪遊び、固めた雪を左手首に乗せて我慢比べをするという雪国特有の遊び。肥料屋まで運ぶ鰊を積んだ荷車から鰊を抜き取る。目の前を通る人力の車輪に棒をあてて、いらずらをする。手つなぎ鬼かいぼ、川での水遊び、雀うち、独楽まわしなどもあるが、良平少年は、独楽が非常に上手かったようだ。蛇を殺して皮を剥ぎ、女の子たちをひやかしたりもしている。小学校の中では、いろんな同級生や上級生、転校生などにくわえ、担任などの先生もいろんな先生がいて、ある先生から激しい居残り叱責を受けたことも大きな出来事だったようだ。良平少年が、それ以上に、かなり深刻に悩むことになったのは、小学5年生になり、女子生徒達のグループから、からかわれるようになり、下校時に、学校の下駄箱の足駄を隠されてしまうことがあった。その時、同級の谷口タニという生徒が、良平少年の隠された足駄を見つけてくれたことから、良平少年と谷口タニという生徒が、一緒に仲が良いという形で、年下の小学生達からも冷やかされ、その谷口タニという生徒が、このことがきっかけで、女子生徒たちからいじめを受けているようで、非常に悩んでしまう。他にも、待望のミルクキャラメルを買いにお菓子屋に行くも、恥ずかしくてミルクキャラメルと言えずに、他の商品を買ってしまうという面も見せている。良平少年は、隣村の父親の実家に、3~4日おきに新聞をもらいに行き、時々新聞を読むようになり、10歳年上の兄の影響もあり、雑誌も読み、幼少のころより、雑誌や新聞などや、目に触れる読み物にとりわけ関心が強い少年になっている。

こうして、村の小学校に通っていた良平少年は、農村に暮らし、村の大人や子供たちと触れあいながら小学生生活を過ごすが、村の小学校から、ただ一人、中学校に進学し、進学先も、福井城内の福井県立福井中学に合格し入学する。本書「梨の花」は、主人公の良平少年が、小学1年から、中学に入学したての頃までの話で、本書「梨の花」の終盤の第22章・第23章が、福井市内の中学校に入学したての頃までの話。福井市内の興宗寺(現・福井市松本)での寄宿生活、福井市内の福井城内やその近くの風景の話題もあり、佐佳枝神社のすぐ近くの松平侯爵邸にも触れられている。福井の町の生徒がたくさんいる福井中学の同級生たちが「マッタイラさん」と呼び、良平にとっても「マッタイラさん」であるように思っている空気に抵抗を感じる良平少年の感覚には共感を覚える。村の小学校と、福井の町の中学校とのいろいろな違いも挙げられている。福井の町の中学校には、町の大きな商人の子供がいたり、役人のような人たちの子供がいたり、同級生達の家庭環境が大きく違った。福井県立福井中学の前には福井図書館があり、良平少年はよく利用し、徳冨蘆花の小説「寄生木」を読んだりしている。週末は、福井市内から、三里歩いて実家に帰り、福井市内に戻るときは、また三里歩いて福井市内に帰るか、一里歩いて新庄へ出て、汽車で福井市内に帰るという生活ながら、小学校の時と違って、村の子供たちと遊ぶ事も無く、町の子供たちが多い中学校の級友達と、福井市内での中学生活を送っていくことになるが、本書「梨の花」では、福井県立福井中学生活の話は、入学したてのほんの短い期間の話で終っている。

農村社会での少年の暮らしの話が中心ではあるが、時事的な話題も、学校の校長や先生、あるいは周囲の大人達の話題を通して、本作品にも取りあげられている。良平少年が小学2年の1909年秋には、皇太子殿下(後の大正天皇)の北陸行啓で丸岡町を訪問されているが、良平少年の小学校でも学校挙げての行事となり、1901年4月29日生まれで学年が早生まれの良平少年(中野重治がモデル)と同じの皇孫殿下(後の昭和天皇)の話も話題となっている。良平少年が小学5年の1912年7月30日には明治天皇の崩御(1912年7月30日)と続く大葬(1912年9月)の中で、良平少年は、重大ではあるが、別に変わったことではなく、大人達が、天地が暗くなったようなこととして書き立てたりいいはやしたりしているのが良くわからないと冷静な態度を取っている。良平少年が小学2年の1909年10月26日の伊藤博文暗殺事件や、良平少年が小学3年の1910年8月29日の韓国併合の時などは、良平の通う小学校の校長が生徒達に向けて話もしている。驚いたのは、良平少年が小学3年の1910年に起った大逆事件(幸徳事件)。逮捕者に、福井県遠敷郡雲南村竹原(現・福井県小浜市)出身の古河力作(1884年~1911年1月24日死刑)が含まれていたことから、良平のおじさん(祖父)や親戚の中村のおじさんたちが、「福井県でもえらいもんが出てきたもんじゃのう。それも、女じゃっていうんじゃさかいのう。豪儀なもんじゃないかいの。」と話し合う場面がある。このことについても、脇で大人達の話を聞いていた良平少年は、大人みんなが、菅野という京都府の女のおばさんと、古河という福井県の男のおんさんとを取り違えていると、冷静に、菅野スガ(1881年~1911年1月25日死刑)と古河力作との取り違えという間違いに気づいている。(古河力作については、「古河力作の生涯」(水上 勉 著)に詳しい)

中野重治は、1955年(昭和30年)に町村合併によって、その故郷が丸岡町になったことについて、「私の生まれたのは高椋村であって丸岡町ではなかった。」と書いているとのことだが、これは、1955年(昭和30年)3月31日に、坂井郡高椋(たかぼこ)村は、坂井郡丸岡町、坂井郡長畝(のうね)村、坂井郡磯部村、坂井郡竹田村、坂井郡鳴鹿(なるか)村と合併し、改めて坂井郡丸岡町が発足。本作品の時代は、1908年~1914年で、当然、1955年の町村合併での大きな坂井郡丸岡町の発足前。この1955年3月に改めて発足した坂井郡丸岡町も、2006年3月の新設合併で廃止となり、福井県坂井市が誕生。本作品「梨の花」の舞台は、主人公の良平少年(中野重治自身でもある)が生まれた坂井郡高椋村の一本田を中心に、隣接する丸岡町(旧町)や近郊の村々。本作品「梨の花」に登場する地名でも、圧倒的に、坂井郡高椋村の中の村が多く、一本田以外では、一本田中(作品では中村となっている)、一本田福所、舟寄(恩地先生の嫁ぎ先の村)、八ッ口、儀間、高柳、笹和田、高瀬、四ッ柳、板倉(隣の一郎の家のおばさんの実家がある村)、西里丸岡、西瓜屋など。坂井郡高椋村以外で、その後、坂井郡丸岡町となった坂井郡磯部村では、熊堂(良平少年の祖母の出身地)、坂井郡長畝村では、田尾(小学校の尾崎先生の屋敷がある村)等の地名が登場する。丸岡町(旧町)も冒頭のシーンを始め登場するが、丸岡の町と良平少年の村を始めとする近郊の村との距離や関係も窺い知れる。

ちなみに、福井市に行くときに乗車する新庄の鉄道の駅は、1897年に新庄駅として開業し1902年には丸岡駅に改称済で、場所は、坂井郡丸岡町エリアではなく、坂井郡坂井町エリア。中野重治の生家のすぐ近くに、丸岡鉄道線(本丸岡駅ー上新庄駅)が開通し一本田駅ができるが、これは1915年6月のこと。丸岡町などの町と良平少年たちが住む田舎との違いとか、東京と地方との違いにも良平少年なりにこだわるところがあり、町の肥やしと在所の肥やしとでは、町の肥やしの方が畑によけい効くという話に、何であれ、町のものの方が村のものより上等だということが気にくわんと良平少年は言っている。東京で出版されている本に書かれていることが、地方の事情とは違うことにも気にくわんともぼやく。村の子供たちと町の子供たちとの間での、畑の泥の塊を投げあったりする「戦争」の話もある。面白いのは、一本田の西隣りの舟寄(現・坂井市丸岡町舟寄)の村のもんは、村が大きいから気がゆったりしていておおようだが、一本田のような在所の小村のもんは吝くさいという話題。これには、舟寄と一本田などでは、天領と丸岡藩という違いにまで触れている。他にも、良平少年のおばば(祖母)は熊堂(現・坂井市丸岡町熊堂)の村から嫁いでいたが、昔、鳴鹿川の堤が切れて熊堂の村は半分ほど埋まり、田畑も石ころ河原になってしまい、村の者たちが仕方なしに北海道に出て行ったという話や、八ッ口(現・坂井市丸岡町八ッ口)は、大昔は水うみだったと聞いた話など、いろんな地区の話は興味深い。

<主なストーリー展開時代>
■1908年~1914年
<主なストーリー展開場所>
・丸岡町内、

<主な登場人物>
【家族関係】
・高田良平(主人公の少年)
・おばば(高田良平少年と同居の祖母。在所は熊堂(現・坂井市丸岡町熊堂))
・おじさん(高田良平少年と同居の祖父。天保11年生まれ)
・大吉(高田良平の兄、福井の中学に実家を離れて寄宿舎生活で通う)
・お父つぁん(高田良平の父)
・おっ母さん(高田良平の母)
・すず(高田良平の妹で、良平より4つ年下)
・はま(高田良平の妹)
【小学校関係】
・北と本多(西里地区の高田良平の2人の女子同級生)
・高田良平の同じ小学校の西里地区の4,5人の上級生たち
・西川の等さん(良平が2年生の時に6年生の上級生)
・政一ちゃん(良平が2年生の時に6年生の上級生)
・自分のことを「わし」という金沢から転校した少年
・橋場(自分のことを「わし」という金沢から転校した少年を詰問する大きい上級生の子ども)
・田中(良平と同級の男生徒で、役場の小使さんの子)
・谷口タニ(良平と同級の女生徒で、斬髪屋の娘)
・竹中(良平と同級の女子生徒。福所(現・坂井市丸岡町一本田福所)という在所の出村で、父親がいない)
・安田(良平と同級の男子生徒)
・小学6年生の男子上級生たち(良平が小学2年生の時で、恩地先生のことを話す)
・遠藤の五郎という生徒
・広瀬貞一(良平が小学4年の時に転校してきた生徒で、清滝から田町に引っ越しで父親が荷車でウンソーの仕事)
・渡辺という家の子
・西瓜屋(現・坂井市丸岡町西瓜屋)地区の子供たち
・西里(現・坂井市丸岡町西里丸岡)地区の子供たち
・谷口タニをいじめる主に女の子たち
・細川(舟寄の分教場から新しくやってきた、力持ちで大人しい生徒)
・沢田という生徒
・小学校校長(良平が通う小学校の校長)
・恩地先生(高田良平の小学校の担任の女先生で舟寄の大庄屋に嫁ぐ)
・竹下先生(若い男の習字の先生。代用教員)
・塚田先生(恩地先生以外の女の先生で裁縫を教えている)
・島田先生(良平が2年生の時、6年生を受け持っている教頭)
・尾崎太平先生(良平が4年生の時に、受け持ち担任。田屋(現・坂井市丸岡町田屋)の大きな屋敷)
・松岡先生(金沢の騎兵連隊へ兵隊に行き、兵隊から帰ったと思ったら自殺)
・沢田先生(新しくきた先生)
・小学校の小使のおばさん
【中学校関係】
・大島英助(福井県立福井中学校長)
・福井中学の詰襟を着た門衛詰所の「ラッパのおんさん」
・太田先生(福井中学1年の良平の担任。漢文と漢字を教える老人の教師)
・万石(良平の中学の同級生で、父親は博士)
・多胡(良平の中学の同級生で、父親は測候所の役人)
・楢林(県立福井中学1年丁組級長で実家が貸座敷屋)
・小林(良平の中学の同級生で、家は福井市内の「鍼灸医」)
・高橋と吉田(良平の中学の同級生ながら、前年の落第生)
・小林(三本木(現・坂井市丸岡町三本木)出身。福井中学受験。商業学校進学。興宗寺の同行の家で良平と一緒に寄宿)
・内藤(高柳(現・坂井市丸岡町高柳)出身。福井市の北方中学5年生で、興宗寺に寄宿)
・福井市の西御坊の反対側の本覚寺に下宿している内藤君の友達(北方中学の4年生か5年生で実家が京都ヵどこかの寺)
・福井中学近くの女学校の女学生達
・雁がね(女学校の優等生)
・「ナイちゃん」(商業学校の2年生)
【生家の村および近郊の村関係】
・宮平のおんさん(二本田)
・坂手のおんさん
・おじょっさま(御住持様)
・林の和子さん(二本田の林家の三男で、名前は鼎。高田良平と同じ年だが、村の小学校には行かず、丸岡町の小学校に通う)
・林の上の和子さん(林家の長男で、高田良平の兄と同じ福井の中学に通学)
・林の中の和子さん(林家の次男で、高田良平の兄と同じ福井の中学に通学)
・辰さん(林家の雇い人で、和子さんの面倒を見る男性)
・ずいぜん寺のおばあ(林家の雇い人で、ずいぜん寺という町から来ていて、女衆の頭のような役)
・おこまさん(林家の上女中の娘)
・林家のだんなん(旦那)
・林家のおいさん(和子さんたちの母で、だんなんの嫁)
・林家の年寄りのおばばさん(だんなんのおっかさん)
・林家の大ばんばさん(106歳で、今は寝たきり。林家の「国会だんなん」の親)
・堂様(二本田)の庵主
・中村の勝馬おんさん(二本田の隣在所の中村(現・福井県坂井市丸岡町一本田中)で、高田家と親類)
・中村の家の若い方の嫁さん
・中村の家の若いおんさん
・中村の家の年寄りおばば
・親類の東という家のおんさん(馬を飼う。二本田)
・東のおばば(二本田)
・東のおばさん(二本田)
・東のいっちょみさん(市右衛門さん)(東のおじさんの祖父、二本田)
・隣りの一郎(高田良平より1級下、二本田)
・二郎(隣りの一郎の弟)
・隣りの一郎の家のおんさん
・隣の一郎の家のおばさん(板倉(現・坂井市丸岡町板倉)から嫁にきた)
・小角のおんさん(二本田)
・川奈という角屋敷(二本田)
・前の家の喜吉つぁん(二本田)
・前の家のおばさん(二本田)
・藤田のおんさん(村でひょうきん者で通っている。二本田)
・中垣内のおばさん(二本田の村で良平の家と反対の方にあり、林家の裏の方にあり、大きい家の一軒になっている)
・ちいさん(中垣内の大きい娘で、福井の町へ嫁入りしている)
・源吉さん(二本田。小心で正直者。一時期、村の区長)
・村の若連中たち(二本田)
・北出の家(良平の家とは遠い一家)
・谷口の斬髪屋のおんさん
・舟寄(現・坂井市丸岡町舟寄)の駐在所の巡査
・日露戦争に行ってきた将校の儀間(現・坂井市丸岡町儀間)のお寺さん
・良平少年より少し年上の子供の八ツ口(現・坂井市丸岡町八ツ口)にある親類の家のおんさん
・恩地先生のだんなん(おおやけ(大地主)で県会議員。舟寄地区で後に朝鮮に渡る)
・舟寄の庄屋の恩地(恩地先生のだんなんの親の親)
・坂本のおんさん(良平の家と遠い親類関係で良平の家にお金を借りに来る)
・小学校のとなりの紙屋のおっかさん
・小学校のとなりの紙屋の若い方のおばさん
・ちんばかんじゃ(鍛冶屋)のおんさん
・遠藤のおんさん(村の小作の百姓が朝鮮行くという話があり、その先頭の1人)
・西瓜屋地区の新屋敷屋(しがしきや)という新しいお菓子屋のおんさん
・高瀬(現・坂井市丸岡町高瀬)の村の南田のおんさん
・舟寄の村の股引の足首を藁でしばったおんさん
・谷口斬髪屋近くで会った小さい子供の女の子
【丸岡町関係】
・高瀬屋(丸岡町内の酒屋)のおんさん
・竹田屋(丸岡町内)
・松岡屋(丸岡町内の呉服屋)のおんさんやおばさん
・こんにゃく屋(丸岡町内の魚屋)の年よりのおんさん、若いおんさんと年よりおばさん
・田中屋(丸岡町内の飴湯がある、お菓子屋)
・じょっさま(淨応寺)の町の高等科へ行っている「おしんぶっつぁん」(お新発意様)と呼ばれる寺の息子
・じょっさま(淨応寺)の「ごぜん(御前)」と「ごしんさん」
・「どじょうをとる家」のおんさん(「じょっさま」の横手の家)
・丸岡町が終るところにある川の橋の詰からちょっと行ったところでしゃがみ、いつも鮒を釣っているおんさん
・松本(丸岡町の東北の端にある医者)
・丸岡町の富田町の斬髪屋の背虫のおんさん
・斬髪屋の背虫のおんさんの20ほどの息子
・警察の巡査たち
・永村のおんさん(丸岡町の谷町の入口の川の横の鉄砲店)
・丸岡町の湯屋
・丸岡町の「だいうん寺」(*台雲寺)
・丸岡町に1軒ある本屋のおんさんとおばさん
・丸岡町のお神明(*国神神社)の前の吉竹
・丸岡の芸子さん
【その他】
・よっちゃなぎ(四っ柳)のおんさん(朝鮮から休みに来た写真屋)
・桑原の「おじ」(桑原という在所の年寄りで、良平の家と親戚でも一家でもない)
・良平の家のお手継ぎの寺(「こおしょっ様」(興宗寺)の御前、番僧と寺男
・「こおしょっ様」の寺男の「但馬(現・坂井市丸岡町田島)のおんさん」
・「こおしょっ様」の台所仕事のおばさん
・「こおしょっ様」の色の白い「おんばさん」(乳母)
・「木田のお寺」の「おじょっさま」
・鰊車のおんさんたち(汽車の停車場のある新庄から、丸岡町のこやし屋へ一里半運ぶ)
・石上(現・坂井市丸岡町石上)の松森(大吉の中学生の友達)
・熊ン堂の源松さん(良平のおばばの弟で、熊堂(現・坂井市丸岡町熊堂)出身。鳴鹿川洪水の後、北海道に渡る)
・熊野(政治家)
・横谷の為(「りんりき」の車屋のおんさん)
・祭文語り(錫杖を振ったり法螺貝を吹き、また三味線をひきながら歌祭文を謡って金銭を乞う者)
・松井(医者)
・書留郵便配達のおんさん
・新任の警察署長
・良平の県立福井中学受験会場での、からだのうんと小さい少年と、伯父さんといった男
・新庄の停車場の俥引きのおんさん
・福井市の雨森という表札のかかった家から毎日出てくる老人
・福井市の松平さんの屋敷
・福井市の監獄所近くの「御さし入 笠置屋」と「御さし入 丸屋」
・福井市の「日本メソジスト教会」
・森田地区のおばさんのアベカワ餅屋

関連記事

お知らせ

  1. 2026/5/24

    SABAE BOOK FES 2026(2026年10月31日)@鯖江市文化の館(福井県鯖江市)
  2. 2026/4/21

    第13回 BOOK DAY とやま(2026年5月23日~5月24日)@富山駅南北自由通路(富山県富山市)
  3. 2026/3/25

    石川県立歴史博物館 令和8年度春季特別展「鷹と加賀前田家」(2026年4月25日~2026年6月7日)@石川県立歴史博物館(石川県金沢市)
  4. 2026/3/20

    一乗谷朝倉氏遺跡博物館 トピック展「秀吉のみた朝倉氏の落日」(2026年3月20日~2026年5月10日)@一乗谷朝倉氏遺跡博物館(福井県福井市)
  5. 2026/1/21

    石川近代文学館 出張展示「文学に描かれた いしかわ」(2026年3月3日~2026年3月10日)@石川県政記念しいのき迎賓館(石川県金沢市)
  6. 2025/12/23

    高志の国文学館 企画展「富山が生んだ直木賞作家・源氏鶏太 展」(2026年1月17日~2026年3月9日)@高志の国文学館(富山県富山市)
  7. 2025/12/20

    石川県九谷焼美術館 企画展「九谷赤絵の極地 ー 宮本屋窯と飯田屋八郎右衛門の世界」(2025年12月20日~2026年6月28日、期間途中に休みあり)@(石川県加賀市大聖寺地方町)
  8. 2025/12/6

    泉鏡花記念館 企画展「鏡花本の絵師たち」(2025年12月6日~2026年5月17日)@泉鏡花記念館(石川県金沢市)
  9. 2025/11/1

    福井県ふるさと文学館 秋季企画展「没後5年 藤田宜永 展」(2025年11月1日~2026年1月18日)@福井県ふるさと文学館(福井県福井市)
  10. 2025/10/25

    いしかわ古書フェス(2025年11月2日・3日)@金沢駅東口・もてなしドーム地下広場(石川県金沢市)
過去の記事

ピックアップ記事

  1. 東アジアの古代文化(古代朝鮮)「国立金海博物館(국립김해박물관)」(韓国慶尙南道金海市 경상남도 김…
  2. 東アジアの「越」世界関連書籍 第1回【南越国】 「广州秦汉考古三大发现」(广州市文化局 编、广州出…
  3. 歴史舞台としての中国西南部・南部 第1回 「秦の始皇帝と越(百越)族」 中国史と百越(戦国…
  4. 北陸ゆかりの作家 「森山 啓」(1904年~1991年) 森山啓(本名:森松慶治)氏は、富…
  5. ふくい日曜エッセー「時の風」(2020年11月1日 福井新聞 掲載) 第6回 「心あひの風」 生活…
ページ上部へ戻る