北陸を舞台とする小説 第31回 「北陸トンネル殺人事件」(斎藤 栄 著)

北陸を舞台とする小説 第31回 「北陸トンネル殺人事件」(斎藤 栄 著)


「北陸トンネル殺人事件」(斎藤 栄 著、ケイブンシャ文庫<頸文社>、1997年11月発行)

「北陸トンネル殺人事件」(斎藤 栄 著、双葉社、1979年10月発行)<単行本>

<著者紹介>斎藤 栄(さいとう・さかえ)(1933年~*2024年)(本書掲載著者紹介より・発行当時)
1933年1月東京都生まれ。東京大学法学部卒業。1966年、横浜市建築局在勤中、「殺人の棋譜」で第12回江戸川乱歩賞を受賞。1972年、横浜市役所を退職、作家専業となる。代表作に「水の魔法陣」などの<魔法陣シリーズ>、江戸川警部が活躍する<殺人旅行シリーズ>がある。

本書の著者・斎藤 栄 (1933年~2024年)氏は、東京都大田区出身で、東京大学法学部卒業後、横浜市役所に勤務。業務の傍ら執筆を続け、1966年、「殺人の棋譜」で第12回江戸川乱歩賞受賞した推理小説家。1972年、横浜市役所を退職し、作家活動に専念。代表作に『奥の細道殺人事件』『Nの悲劇』などがあり、占術ミステリーの『タロット日美子』シリーズ、トラベルミステリーの『江戸川警部』シリーズ、社会派ミステリーの『魔法陣シリーズ』、警察庁特捜班の『小早川警視正』シリーズなど、人気のシリーズも数多くあり、著作は400冊以上にのぼる。将棋や囲碁にも詳しく、1997年には第4回大山康晴賞を受賞。2024年6月15日、老衰のため神奈川県横浜市の自宅で死去。享年91歳。本書「北陸トンネル殺人事件」は、数多くのトラベルミステリー作品も生んできた斎藤 栄 氏が、1979年10月、書き下ろし作品を双葉社より単行本として刊行。その後、「北陸トンネル殺人事件」は、双葉社よりFutaba Novelsとして1982年10月に刊行され、更に、1985年5月に光文社より光文社文庫が、1997年11月には頸文社よりケイブンシャ文庫本が刊行されている。「北陸トンネル殺人事件」というタイトルで、北陸トンネル内で殺人事件が起こるというトラベルミステリーを想像しがちだが、本書は、北陸トンネル内では殺人事件は起こっていない。また、推理小説ではあるものの、斎藤栄 氏のトラベルミステリーの人気シリーズ作品の一作品でもなく、トラベルミステリーにはなっていない。

本書ストーリーは、K県のY刑務所から凶悪殺人犯の囚人の野沢道夫と角田宗一の2人が深夜、看守の拳銃を奪って脱獄する場面から始まる。刑務所南部から西側の地域には、古い住宅街に続いて、宏大なH公園墓地があり、更に、この公園墓地に接続して、関東南部最大の住宅団地南洋台団地があり、2人の殺人脱獄犯は、脱獄直後、民家を襲って衣服を着替えた後、このマンモス団地の南洋台ニュータウンに潜伏する。同じころ、その団地の太陽スーパーで売っていた漬け物のビン詰めから爪のついた人間の人差し指が1本出てきたり、会社のお金を銀行から下ろしてきたばかりの女性が、道路上で50万円の紙幣が風に吹き飛ばされ、居合わせた交番巡査が通行人の協力者たちが紙幣を拾い集めるも、10万円分が足りず誰かがネコババしたのではという疑惑が生まれたり、さらには、ニュータウンに一部混在している市営団地に住む5歳の男児が何者かに三輪車ごと誘拐されるという事件まで相次いで起こり、いずれも、1人の同じ交番巡査が、それぞれの事件で住民たちから難癖をつけられてしまう。この脱獄犯が収容されていたK県のY刑務所とは、神奈川県の横浜刑務所(横浜市港南区港南)。東側はK電鉄の軌道がありとは、京急本線で、H公園墓地とは日野公園墓地。K県と書いていながら、刑事たちは神奈川県警とも書かれ、物語は神奈川県で展開。その中でも主たる展開場所は小説では大規模な住宅団地・南洋台団地だが、これは洋光台団地(神奈川県横浜市磯子区)をモデルとしていると思われる。

巨大団地を次々と襲う奇怪な事件で、いろんな住民たちから難癖をつけられてしまうのが、南洋台ニュータウンにある唯一の巡査派出所勤務の24歳の西原俊彦巡査で、本書の主たる登場人物の1人とも言える男性。5か月前に結婚し、巨大団地の派出所に転勤となるが、研修成績も優秀で、積極的に地域住民に融け込もうと努力し、驕ったところもなくて地域住民の評判も良い巡査が、近くの刑務所からの脱獄犯の逃亡事件に加え、巨大団地の中で、次々と起こる不思議な事件に狙われたように巻き込まれ、どの事件でも西原巡査が、地域住民たちから難癖をつけられてしまう。西原巡査は、妊娠3か月の妻とともに、神奈川県警梶が谷寮に住んでいて、新潟県の直江津出身で、直江津の高校での親友・芳賀良一とともに、5年前に警察官になろうと、直江津から出てきて神奈川県警の採用試験を受け2人とも合格していた。西原巡査には、左の頬に大きな火傷の痕が残っているという特徴があった。

2人の凶悪犯が脱獄し、巨大なニュータウンがある大きな住宅エリアに潜伏し、住民を人質にもとってしまい、この凶悪人の脱獄犯たちの逃亡潜伏とその結末がどうなるのかも気になるところだが、その脱獄逃亡事件と偶然にも同じ頃のタイミングで、この巨大団地で次々に起こる、一見、なんら関係が無いように思える別々の事件が、実は一つの線でつながっているという話で、さらに巨大団地内で、西原巡査を困らせるような数々の事件と脱獄逃亡事件も絡んでいくことになる。脱獄犯の事件を取材しようと、テレビ局のドキュメンタリー番組制作チームのメンバーも、本書ストーリーの展開に加わってくる。スーパーで一指し指を見つけ騒ぎ立てる30歳の未亡人・五十嵐よし江、南洋電機の会計係で銀行から下ろしてきたばかりの紙幣が路上で風に舞うことになる当事者の女性・栗木美登利、財布を習得し交番に届けた50歳前後の女性・井筒多恵子などに加え、団地のはずれで妻が美容院をしていて、これから地域で新聞を発行しようとしている色川一雄がいろんな事件に首を突っ込んで騒ぎ立て西原巡査を責めるのも何やら面倒そうな人物たちが登場する。更に、ニュータウンに混在する市営住宅に母子家庭で住んでいる26歳の千田沓子の5歳の長男が三輪車ごと誘拐されるという事件が起こるのだが、千田沓子は、病身の夫を看護しながら、家計を助けようと、南洋台団地に近いある中小電機メーカーのコイル巻きの内職をしながら、厳しい生活を送っていたものの、眼鏡が割れて角膜を傷つけ両目失明となっていた夫・千田昭夫が病身を苦にして、縊死自殺したばかりという家庭で、身代金目的の誘拐事件にしては違和感がある事件。

巨大団地を次々と襲う奇怪な事件は、数年前に北陸トンネル内で起きた列車火災事故とつながっていて、本書の核心となる一連の事件の背景が、本書最終章の「第10章 炎の発端」で緊迫感をもって生々しく描かれている。本書では、昭和40X 年11月5日と、事件の発生前日の年代を曖昧にしているものの、1972年(昭和47年)11月のことは明白。本書での重要な鍵となる実際に起こった北陸トンネル火災事故は、1972年(昭和47年)11月6日未明に福井県敦賀市の北陸本線(事故当時)敦賀駅ー南今庄駅間にある北陸トンネル(総延長13,870m)で発生し、火災対策の不備により、乗客乗員に多数の死傷者を出す大惨事となった列車火災事故。火災にあった列車は、1972年(昭和47年)11月6日、午前1時8分から9分にかけて、福井県敦賀市の日本国有鉄道(国鉄)北陸本線「北陸トンネル」下り線を走行中の大阪発青森行き下り急行「きたぐに号」(501列車・15両編成)。食堂車喫煙室から火災が発生し、同列車は敦賀口から5.3km付近の北陸トンネル内で緊急停止したが、消火作業による鎮火の見通しが立たず、火災車両の切り離しにも時間がかかり、火災車両の切離し完了後に列車を運転再開してトンネル内から脱出させようと試みられたが、送電停止の影響により自力走行によるトンネル内からの脱出は不可能となり、約760人の乗客乗員は、その多くは猛煙が充満した暗闇のトンネル内に留まり救助を待つか、またはトンネル出口へ向けて徒歩で自力避難せざるを得なくなった火災事故の結果、食堂車1両が全焼し、客車1両が部分焼損。人的被害は、一酸化炭素中毒などで30人が死亡、煙を多量に吸い込んだ影響により714人が重軽傷を負い、国鉄の車両火災事故において最大級の惨事となる。

この火災事故を起こした夜行急行列車「きたぐに」は、1947年に大阪駅-青森駅間で運転を再開した急行507・508列車が「きたぐに」のルーツで、この急行は1950年11月8日に「日本海」の列車名が与えられたが、1968年10月1日から運転を開始した大阪駅ー青森駅間の寝台特急(ブルートレイン)に「日本海」の名称が使用されることになったため、大阪駅ー青森間の急行列車は、1968年10月1日から、「日本海」から「きたぐに」に改称された。1982年に上越新幹線が開業したことにより、新潟駅以北を特急「いなほ」として分離し、「きたぐに」は大阪駅ー青森駅ではなく、大阪駅ー新潟駅間の夜行急行列車となり、最終的には、2012年3月17日に、大阪駅ー新潟間の夜行急行列車「きたぐに」は、運転終了となる。1972年11月発生の北陸トンネル列車火災事故当時は、夜行急行列車「きたぐに」は、まだ、大阪駅ー青森間の列車。

本書のストーリーの具体的な展開時代については明記がないものの、この北陸トンネル列車火災事故から、5年後であることが、登場人物たちの年齢などでも分るので、1977年がストーリーの展開時代と分かる。また、西原巡査の派出所勤務の同僚の木下巡査が、脱獄犯の逃亡事件について、「心配ないさ。じきにつかまるよ、ジェームズ・レイって奴も3日くらいで警察犬に見つかっている。」と語るシーンもあり、この事からも1977年以前の話ではないと分かる。このジェームズ・アール・レイ(1928年~1998年)という人物は、1968年4月4日に発生したキング牧師(1929年~1968年)の暗殺犯人で、アメリカのテネシー州ブラッシーマウンテン州立刑務所から、1977年6月11日に、他の囚人たちと共に、脱獄を図り、弾丸の雨の下をかいくぐり、2300ボルトの高圧線のすき間を縫って脱走するが、2日後の1977年6月13日に、あっけなく発見され身柄を確保されていたことを話題にしている。

目 次
章のない地獄
第1章 脱走
第2章 瓶の中の指
第3章 消えた子供
第4章 脱獄犯の行方
第5章 泥棒警官
第6章 懊悩の時間
第7章 悪の意匠
第8章 二重誘拐
第9章 渦巻く疑惑
第10章 炎の発端

<主なストーリー展開時代>
・1977年、1972年11月(回想)
<主なストーリー展開場所>

・神奈川県、東京(羽田)、大阪・敦賀・南今庄(回想)

<主な登場人物>
・西原俊彦(南洋台ニュータウンにある唯一の巡査派出所勤務の24歳の巡査で直江津出身。県警梶が谷寮に住む)
・吉子(西原俊彦の妻で妊娠3か月)
・千田沓子(市営住宅2号棟に住む半月前に夫を亡くした26歳の主婦。夫の昭夫とは同じ大学で学生結婚)
・千田昭太郎(千田沓子の5歳の長男)
・千田昭夫(千田沓子の亡き夫で、大阪芸大のデザイン科を出て「極光企画」に勤務。両親が新潟在住)
・野沢道夫(愛媛県宇和島市が出身地の凶悪殺人犯の囚人)
・角田宗一(実父殺害の凶悪殺人犯の囚人で下痢気味の症状。収容された刑務所近くで生まれ育つ)
・前里博(JBCテレビのドキュメンタリー番組担当のプログラム・ディレクター)
・白河三男(JBCテレビのカメラマンで前里より10歳年上)
・加瀬(JBCテレビのチーフ・プロデューサー)
・加瀬の両親(南洋台団地の分譲住宅在住で、父親は元Y大の文学部教授)
・五十嵐よし江(30歳の未亡人で、スーパーで見つかった人指し指の発見者)
・栗木美登利(南洋電機の会計係をしている背の高い女性で、お金の紛失者)
・色川一雄(これから団地で新聞を発行使用としている男性。大日本心神教の地区の支部長)
・色川一雄の妻(団地のはずれで美容院「トリカラー」を経営)
・宮島今日子(風に舞った紙幣を拾う通行人)
・須川和歌子(風に舞った紙幣を拾う通行人)
・泉千代(風に舞った紙幣を拾う通行人)
・井筒多恵子(財布を習得し交番に届けた50歳前後の女性)
・長尾(小学校5年生の息子を持つ神奈川県のY刑務所の看守部長)
・後藤(神奈川県のY刑務所の看守)
・小山田(神奈川県のY刑務所の看守長)
・上原進(H公園墓地近くの住人の商事会社社員)
・上原健一(上原進の息子で高校3年生)
・木下巡査(西原俊彦の5歳年上の同僚で、仇名が「わに」)
・松野巡査(南洋台ニュータウンにある唯一の巡査派出所勤務の巡査)
・水谷巡査(南洋台ニュータウンにある唯一の巡査派出所勤務の巡査)
・川上警部(神奈川県警本部本庁の刑事で、太陽スーパーの瓶詰事件担当)
・県警本部の鑑識課員
・関山運転手(JBCテレビ)
・県警の誘拐専門班
・尾崎良男(浜村造船工業の技術部に勤務するサラリーマンで、南洋台ニュータウン近くの個人住宅在住)
・尾崎みよこ(尾崎良男の42,3歳の妻)
・土田警部(幼児誘拐事件捜査の指揮をとっている40歳の捜査員)
・太陽スーパーの額の禿げあがったマネージャー
・大久保(地区選出の革新系市会議員の妻)
・原善次郎(Y市大医学部附属病院の医局員。母親が大日本心神教という新興宗教を信仰)
・西原俊彦のかかりつけの内科医院の医者
・阿倍(38歳の警察医)
・平沢警部(県警本部の刑事)
・大久保部長刑事(神奈川県警)
・新川太郎(福井工大の大学1年生)(1972年の回想)
・小川専務車掌(大阪駅から夜行急行「きたぐに」)(1972年の回想)
・大阪・梅田の「眼科外傷専門医」(1972年の回想)
・芳賀良一(西原俊彦の直江津の高校での親友)(1972年の回想)
・芳賀よね(芳賀良一の母親)(1972年の回想)

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