北陸を舞台とする小説 第32回 「透光の樹」(高樹のぶ子 著)


「透光の樹」(高樹のぶ子 著、文藝春秋、1999年1月発行)<単行本>
*【初出】「文學界」平成9年(1997年)6月号~平成10年(1998年)5月号

「透光の樹」(高樹のぶ子 著、<文春文庫>文藝春秋、2002年年5月発行)<文庫本>

<著者紹介>高樹のぶ子(たかぎ・のぶこ)(本書掲載著者紹介より・発行当時)
1946年山口県生まれ。1984年「光抱く友よ」で芥川賞、1994年『蔦燃』で島清恋愛文学賞、1995年『水脈』で女流文学賞、1999年『透光の樹』で谷崎潤一郎賞、2006年『HOKKAI』で芸術選奨文部科学大臣賞、2010年「トモスイ」で川端康成文学賞を受賞。その他に『百年の預言』『満水子』『罪花』『ナポリ魔の風』『マイマイ新子』『甘苦上海』『fantasia』『飛水』『マルセル』『香夜』『少女霊異記』『オライオン飛行』など多くの作品がある。

本書の著者・高樹のぶ子氏は、1946年山口県生まれで、1980年「その細き道」を『文学界』に発表し、小説家デビュー後、1984年「光抱く友よ」で芥川賞を受賞。1994年『蔦燃』で島清恋愛文学賞、1995年『水脈』で女流文学賞、1999年、本書『透光の樹』で第35回 谷崎潤一郎賞、2006年『HOKKAI』で芸術選奨文部科学大臣賞、2010年「トモスイ」で川端康成文学賞など数多くの文学賞を受賞。その他にも多くの作品があり、2005年から2010年までは、九州大学アジア総合政策センター特任教授(アジア現代文化研究部門)を務めたり、野間文芸賞、大佛次郎賞、島清恋愛文学賞、芥川賞、朝日賞などの選考委員も務め、2017年には、日本芸術院会員に選ばれる。本書の著者・高樹のぶ子氏は、1994年、石川県美川町が美川町出身の島田清次郎にちなみ恋愛小説を対象とし創設した島清恋愛文学賞第1回を『蔦燃』で受賞。その後、1997年から2009年までは島清恋愛文学賞の選考委員を務め、2020年には、石川県金沢市出身の泉鏡花にちなんだ金沢市主催の第48回 泉鏡花文学賞を「小説 伊勢物語 業平」で受賞など、石川県ともゆかりが深い。

1999年、谷崎潤一郎賞を受賞した本書「透光の樹」は、ヒロインが石川県石川郡鶴来町(2005年に白山市新設合併で廃止)に住む女性で鶴来町を中心にした石川県を主な舞台とした作品で、福井県勝山市の平泉寺も重要な舞台となっている。作品の初出は、「文學界」平成9年(1997年)6月号~平成10年(1998年)5月号で、単行本「透光の樹」は、文藝春秋より1999年1月発行。本書を原作とした映画「透光の樹」(根岸吉太郎監督)は、2004年10月30日公開で、ヒロイン女性を演じる女優の秋吉久美子さんが、相手役の男性を演じる男優の永島敏行さんを相手に、大胆に性愛シーンを演じ大いに話題になった映画。本書のストーリーの中でも冒頭から何度か重要な場面で登場し、作品タイトルとも関係する象徴的な場所が、実在の場所の六郎塚(六郎杉)(現・石川県白山市日御子町)。源平の時代この地を治め北加賀で最も勢力を有し、平氏追討の義仲軍勢に加勢し京へ進軍した武士団の棟梁・林六郎光明の塚に自生したとされる杉のある場所。

本書ストーリーは、1981年2月、東京・赤坂にオフィスを構えるテレビの製作プロダクション会社社長の47歳の今井 郷が、石川県石川郡鶴来町(つるぎまち)に、25年ぶりに、用事のあった金沢市から、ふらりとタクシーで鶴来町にやってくるところから始まる。尚、鶴来町は、2005年2月に白山市に新設合併されているが、本書のストーリーの間は合併前の鶴来町。今井郷が、東京から金沢に来たのは、本業の仕事の関係で、北前船が日本海沿いの街々に残した歌、食べ物を紹介する旅番組で、ディレクターが世話になった金沢大学の先生と長町の料理屋の主人に、制作プロダクションの社長としてお礼の挨拶をしなくてはならなかったから。ただ金沢市からすぐに会社や自宅のある東京に戻らずに、ただぶらりと、軽い気持ちでタクシーに乗り鶴来町まで足を延ばす。25年前に、今井郷が、まだ22歳のアシスタントディレクターだった時に、鶴来町の刀鍛冶の流れをひく男の日常を追いかけるというドキュメンタリー製作で、刀鍛冶の末裔・山崎火峯を長期間取材していたことがあった。当時、山崎火峯には一人娘の17歳の高校生・千桐(ちぎり)がいて、25年前、番組の撮影場所の一つであった六郎杉でのセーラー服姿の山崎千桐の姿も思い返し、その六郎杉の場所を再訪したくなるが場所が分らず、鶴来の町で、山崎火峯の家族の消息を耳にすることになる。山崎火峯は、以前は鶴来の町の中心で旧道に面した鍛冶屋の店を持っていたが、だいぶ前に店は畳み、知守町(現・白山市鶴来知守町)に移り、娘と孫娘と一緒に住んでいるはずだが、亡くなっているかもという話だった。

それで、金剱宮(現・白山市鶴来日詰町)の近くの知守町(現・白山市鶴来知守町)に今井郷がタクシーで向かったところ、偶然、自宅前で42歳となった山崎千桐と25年ぶりの思いがけない再会をする。山崎千桐は、2年前に離婚し一人娘・眉を連れて実家に戻り老父を介護し、働きにも行けない状態だった。山崎火峯は存命だったが、肺が悪く脳が軟化していく病気で頭は呆けた状態で、山崎千桐は、12歳の娘も育て、借金も多く抱え、父を病院にも入れたいがお金が更に要り経済的に困窮していた。山崎千桐の母親は12年前に亡くなり、山崎千桐は高校卒業後、金沢の短大に行き、結婚して、娘・眉を生んでいたが、夫の浮気や居直り、娘・眉が離婚を勧めてくれ千桐は離婚をしたものの、離婚の時の経済的な約束がたった半年で守られなくなっていた。一方、今井郷は、東京・町田に自宅があり、妻と、中学2年と小学5年の息子がいるものの、テレビ番組製作の仕事が忙しいこともあり、家にもあまり帰らない関係。25年ぶりに再会した二人は、その日は、山崎千桐が今井郷を六郎杉に案内した後、金沢駅に送っていったが、その後、3日経った夜、東京・赤坂から、今井郷が、山崎千桐の自宅に電話をかけ、互いに惹かれ合っている二人の間に新たな関係が生まれていく。「借金の返済を手伝わせてくれ、貴方が目的だ」との今井郷の申し入れに対し、「いいです。お願いします。お金をお借りして、わたしを差し上げることです」と、思わぬ山崎千桐の返事がやりとりになる。

この1981年2月の鶴来町での25年ぶりの二人の再会から、3日後の東京からの今井郷の電話を受け、その後、二人の逢瀬が始まっていく。1981年4月初の土曜は、金沢から鶴来を抜けて白峰村まで山道を上り、峠越えして福井県勝山市の平泉寺近くの昔の戸長の屋敷に二人は宿泊をするが、このカタクリの季節の平泉寺近くの屋敷での夜のシーンは特に印象的。ただ、深まる二人の激しい愛が続くのも長くはなく、不幸が今井郷の身に襲いかかり、二人の最後の逢瀬は、平泉寺での逢瀬から2年後の1983年4月上旬、能登半島の能都町(2005年3月、能登町に新設合併)の民宿での逢瀬で終わってしまい、その日、穴水から東京に戻った今井郷とは、山崎千桐は、二度と会うことができなかった。2年強という短くも激しい中年男女の愛が永遠の別れという形で終った後の山崎千桐の喪失感も本書物語の終盤で描かれていて、40代後半、50代と年を重ね、本書ストーリーの最後は、1998年5月、59歳の山崎千桐が登場している。大人の恋愛から狂おしい性愛に溺れていく中年女性のヒロインの心情描写など、さすがと思う場面がいくつもあるが、25年ぶりに今井郷に再会した42歳の山崎千桐が、その日は鶴来町から金沢駅まで今井郷を車で送った後の帰り道は、松任の本屋に寄り週刊誌を買い占いの本を立ち読みし、、化粧品店で香料の入ったヘアスプレーを買い、クリーム色のレースがついた可愛らしい下着も買っている。まっすぐ鶴来の知守町の自宅へは帰らず、手取川の天狗橋近くの土手に車を停め川原に下りていってのその日起ったことの心の動揺が現われるシーンなど、繊細で複雑な心の動きの描写なども、これから何かが始まる前の初々しさが残る好きな場面。

本書書き出しは、物語の主舞台となる鶴来の紹介から始まっている。”白山を源に、加賀平野を流れ下って日本海へと注ぐ手取川が、左右に迫る山肌からするりと解き放たれて、陽光のもとでのびやかに両手を広げながら流域を大きくするのが、鶴来町(つるぎまち)だ。北陸鉄道石川線の加賀一の宮駅は、この町のほぼ真中にある。畑の中を走る単線を電車で30分も北上すれば、金沢の犀川に近い野町駅に着くし、いまや車でも20分の近さ、このところは金沢のベッドタウンとして人口を増やしているけれど、かつては白山への登り口として、また白山信仰の拠点として栄えた町だった。”と。北陸鉄道石川線の鶴来駅と加賀一の宮駅の間の路線は2009年11月に廃線となり、加賀一の宮駅も廃駅となっている。更に本書書き出しの鶴来の紹介は、”(鶴が来るという町名は)、鶴ではなく剣(つるぎ)、刀の剣から来ている。金剱宮(現・白山市鶴来日詰町)の門前町として発展した歴史があり、刀剣類も作られていたのが、町の名の由来となった。”、と続いている。

さらに”富樫家が加賀平野一帯を治めていたころのことだから、650~660年も昔になるだろう、藤島友重と言う刀鍛冶が、越前からこの土地に移り住んだのだそうだ。一族は一向一揆の戦争に巻き込まれるのを嫌って、いったんは越中の山奥へ逃げたが、前田利家が加賀に入ってきたとき、ふたたび鶴来の北方松任に住みついた。”と続き、本書ヒロインの山崎千桐の父・山崎火峯の鍛冶屋や鶴来の打刃物の話に繋がっている。本書の主たる舞台は、石川県の鶴来町(現・白山市)であるが、その他にも、石川県内では、金沢市、松任市、能都町以外に手取川上流の元桑島集落から、さらに山に分け入っていく赤谷の渓流エリアとか、能登半島の羽咋郡富来町(とぎまち)も登場する。松任市も、白峰村も2005年1月に白山市に新設合併となり、富来町も、2005年9月に志賀町と新設合併して志賀町が出来、富来町も廃止されている。

<主なストーリー展開時代>
・1981年2月~1984年2月、1980年代後半~1998年5月
<主なストーリー展開場所>

・石川県(鶴来町、金沢市、松任、手取川上流地区、富来、能都町)、福井県(勝山市平泉寺)

<主な登場人物>
・山崎千桐(鶴来町知守町で病気の老父と12歳の娘を抱える女性)
・今井郷(東京・赤坂のテレビ製作プロダクション「センチュリー・ユニオン郷」代表取締役社長。東京・町田に自宅)
・山崎火峯(山崎千桐の実父で鍛冶屋。1983年1月に86歳で病死)
・山崎眉(山崎千桐の一人娘。後に短大を卒業後、就職した地元の銀行で、貸付係の5歳年上と結婚)
・松子(山崎千桐の父の兄の息子の元嫁。平泉寺本村の屋敷の留守を任され住み込みの62歳の女性)
・時山(鶴来下東町の鮨屋「万楽」主人で、60少し前。松子の古い知り合い)
・西村(40代半ばの整骨医で、鶴来下東町の鮨屋「万楽」の常連客)
・石田久彦(富来の半農の40過ぎの鍛冶屋)
・能都町の民宿「遠波」女主人(石田久彦の一番上の姉)
・タクシーの運転手(今井郷が金沢から鶴来まで乗ったタクシー)
・鶴来の町の中心にある酒屋の人
・山崎眉の同級生の父親で外科の開業医
・鶴来下東町の鮨屋「万楽」にやってきた、鉄工所の社名が入った作業着姿の男二人
・テレビ製作プロダクションのディレクターや編集スタッフ
・三流のある芸能プロダクション社長
・三流のある芸能プロダクションからこれから売り出す23歳の女性タレント
・東京・赤坂見附に近い外人の女たちがいるバーの白人女性ホステスたち
・今井郷を診察した大学病院の若い医者
・六郎杉の斜め前の家の住人
・山崎眉の夫(5歳年上の銀行員で、金沢まで車で通勤。鶴来の月橋町のアパートで夫婦生活)
・山崎眉の3歳の息子

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