北陸を舞台とする小説 第14回 「金沢殺人事件」(内田 康夫 著)


「金沢殺人事件」(内田康夫 著、祥伝社(祥伝社文庫・新装版)、2015年4月発行)
<本作品は、平成元年(1989年)7月に祥伝社ノン・ノベルより新書判として刊行され、平成5年(1993年)3月に文庫版として刊行。本書は、文字を大きく読みやすくした新装版>

<著者紹介>内田康夫(うちだ やすお)(文庫本掲載著者紹介より・発行当時)
東京生まれ。1980年『死者の木霊』でデビュー。歴史・文化・社会問題等を織り込んだ抒情豊かなミステリーで人気に。浅見光彦シリーズは大ベストセラーとなっている。軽井沢にあるファンクラブ「浅見光彦倶楽部」は会員数1万人を誇る。著書に『他殺の効用』『鯨の哭く海』『還らざる道』(いずれも祥伝社文庫)など多数。 
<追記 *2018年3月逝去、享年83歳。1934年~2018年>

本書の著者・内田康夫(1934~2018)氏は、東京都出身で、コピーライターやCM制作会社の経営を経て、1980年に長編「死者の木霊」を自費出版。46歳で作家デビューし、1982年刊行の「後鳥羽伝説殺人事件」から始まった浅見光彦シリーズで人気に火が付いて以降、旅情ミステリーの代表的な推理作家として活躍。2008年日本ミステリー文学大賞受賞。本作品「金沢殺人事件」は、テレビドラマ化もされた内田康夫氏の代名詞ともいえる、名家の次男でフリーのルポライターの素人探偵・浅見光彦シリーズの作品の一つで、初出は、祥伝社の「小説NON」誌上に、1989年(平成元年)の2月号から7月号まで、6回にわたって連載され、1989年7月には、祥伝社ノン・ノベルとして新書判がすぐに刊行された作品。

本書のストーリーは、ある年末の12月15日午後5時過ぎ、東京都北区上中里1丁目の京浜東北線上中里駅の近くにある平塚神社の境内の裏手で、千葉県松戸市に住む繊維関係中心の商社に勤める37歳の会社員の男・山野稔の死体が発見されたことが発端。ある若い女性の声で119番通報があり、通報者の女性は電話のあと姿をくらませ、警察では、この女性が事件と何らかの関係があるものとみて、行方を追うが、しばらく何の手掛かりもつかめなかった。この女性は、猫の死体をそこに埋めにいって、偶然、男が「オンナニ……ウシク」という謎の言葉を残して息を引き取る瞬間に立ち会ってしまっていた。この殺人事件現場が、北区西ヶ原に住む浅見光彦の家のすぐ近くで、事件通報時に、浅見光彦が偶然、平塚神社のすぐ近くの和菓子屋・平塚亭に団子を買い求めに寄っていた。平塚神社殺人事件の捜査本部が置かれた滝野川警察署は浅見家から500mほどの距離。尚、著者の内田康夫氏は東京府東京市滝野川区(現・東京都北区)出身。

そこに、年が明けた1月3日午後5時ごろ、石川県金沢市の兼六園に近い通称「美術の小径」の急な石段から、現場すぐ近くの金沢市菊川の実家に。年末年始休みに東京から帰省していた女子学生が何者かに突き落とされて死亡するという事件が発生。この女子学生が、東京都北区西ヶ原のアパートに独りで住んでいたということから、金沢の捜査本部から所轄の滝野川署に捜査依頼があり、しかも猫を飼っていたということがわかり、二つの殺人事件の繋がりをを求めて、浅見光彦は、「旅と歴史」編集長に、能登と金沢をルポしたいと申し出て、愛車で初めて金沢の地を訪れる。こうして本書のタイトル「金沢殺人事件」とある通り、金沢で殺人事件が起こり、金沢を訪れた浅見光彦は、事件解明のために、今度は、金沢から、石川県各地を訪ねまわる能登加賀の旅情ミステリーと展開していく。

本書の「自作解説ーあとがきにかえて」にも著者は述べているが、浅見光彦シリーズにお決まりの浅見光彦の相手役となるような若くて素敵な独身女性が、この作品でも、21歳の東京の女子学生・北原千賀が、プロローグから気になる存在として登場してくるが、第2章でいきなり殺されてしまうという、浅見光彦シリーズでも稀有の例の驚きの展開。彼女・北原千賀は、東京の北区西ヶ原のアパートに一人暮らしの東京の音楽大学3年という21歳の女子学生で、金沢市内の高校卒業後、東京の音楽大学に入りバイオリンを専攻。金沢市菊川の実家に、暮の12月27日から正月休みで帰省中に、実家近くの石川県立美術館に出かけ、惨劇に遭ってしまう。それでも、本書中盤から、石川県羽咋郡押水町(現・宝達志水町)の花火会社と神主をやっている春山瑞枝の20歳そこそこの娘・順子が、浅見光彦の相手役となりそうな若くて素敵な独身女性として登場してくる。

金沢を訪れた浅見光彦が、北原千賀が殺害された1月3日に訪問したという石川県立美術館で「加賀・能登の伝統民芸品展」というパンフレットから、平塚神社で殺害された男のダイニングメッセージの「ウシク・・」が、主に石川県白山市白峰地区(旧白峰村)にて生産され、生産地の中心地が明治初期まで牛首と称されていた紬織物「牛首紬」に関係があるかもと思い、金沢市から鶴来町を通り白峰村(2005年2月、他の市町村と合併し白山市に新設合併)の役場や牛首紬の工房を、早速訪ねる。白峰村の牛首工房を訪ねた時に、入口近くの展示ケースに、直木賞作家・高橋治(1929年~2015年)の著作『風の盆恋歌』を見つけ、この作品の中に、牛首紬が登場してくることが、作品の文章の一部と共に紹介されている。不倫の男女が死への誘惑と不安におののくようにして旅をする。その途中に白峰村を訪れ、ヒロインが牛首紬の反物に「うつつ」という文字を染めてほしいと牛首紬を注文してゆくとあり、横道にそれるが、高橋治の著作や、白峰村で白山麓僻村塾を立ち上げてきた高橋治の思想・活動にも興味が沸いてくる。

浅見光彦が事件の解明に向けて、石川県の金沢市内だけでなく、和倉温泉の七尾市や白山比咩神社で有名な鶴来町など良く取り上げられる能登加賀の石川県の各地を訪ねるが、本作品では、牛首紬の主な生産地の石川県白峰村(現・白山市)に並び注目すべき場所としては、羽咋郡押水町(おしみずまち)(2005年3月に志雄町と合併し、新設合併の宝達志水町(ほうだつしみずちょう))。本書はフィクションで、標高637mの宝達山にある手速比咩神社の神主であり、石川県の伝統工芸である能登花火を製作する能登花火会社の代表である未亡人の春山瑞枝という女性が登場するが、実在の昭和8年(1933年)創業の能登煙火株式会社(石川県羽咋郡宝達志水町)の歴史も大変興味深い。もともと、能登地方において昭和のはじめ頃まで神社に奉納するため、各集落ごとに花火が製作されていたが、その後、地元の手速比咩神社の神主が中心となって嵯峨井煙火製造所(現:能登煙火株式会社)が専業となり、石川県の伝統工芸「能登花火」として現在に受け継がれているとのこと。

また、高校の美術教師ながら、朱鷺をモチーフに加賀友禅の絵柄を描く友禅作家であり、また能登出土の朱鷺(トキ)の模様の土器に関心が強い考古学も趣味の朱鷺にこだわる金沢市石引在住の永瀬義治が、本書後半から登場するが、昔、能登に朱鷺がいて、能登が本州最後の朱鷺の生息地であり、能登の朱鷺の歴史にも大いに関心をそそられる。尚、本書のストーリーの展開時期については、具体的な年代の明記がなく、ある年の暮から年明けの1月となっているが、浅見光彦が東京から愛車ソアラに乗り、東京から関越自動車道を北上し、親不知海岸の海上高架橋の高速道を通っているので、1987年11月の親不知海岸高架橋の連結開通か、1988年7月の最初の北陸自動車道の全線開通の後の時期と推定できる。

目次
プロローグ
一章 消えた女
二章 「美術の小径」の惨劇
三章 つむぎの山里
四章 能登の女花火師
五章 朱鷺のいた国
六章 巫女の証言
七章 幻の女
エピローグ
自作解説 ーあとがきに代えて
解説 山前 譲

<主なストーリー展開時代>
・1988年12月~1989年1月と推定
<主なストーリー展開場所>

・金沢市、鶴来町、白峰村(現・白山市)、和倉温泉、羽咋郡押水町(現・宝達志水町)、加賀市
・東京(上中里・滝野川) ・美濃加茂(岐阜県) ・高山(岐阜県)

<主な登場人物>
・浅見光彦(フリーの雑誌ルポライター)
・北原千賀(東京の音楽大学3年で21歳。東京都北区西ヶ原在住。実家は金沢市菊川)
・山野稔(松戸市に住む37歳。日本橋にある「K」という繊維関係中心の会社に勤務)
・山野浩子(山野稔の妻)
・友井彰一(石川県白峰村の牛首工房の社長)
・春山瑞枝(手速比咩神社の神主で能登花火会社の代表を務める未亡人)
・春山順子(春山瑞枝の20歳くらいの娘北原千賀の高校の2年後輩)
・永瀬義治(高校の美術の教師、友禅染めの下絵。考古学が趣味)
・永瀬香奈子(金沢市石引に住む永瀬義治の妻)
・北原千賀の母親(金沢市菊川町在住)
・角田(鶴来町商工観光課の職員)
・片岡良美(鶴来町の白山比咩神社の巫女)
・芳崎潔(鶴来町の玉織繊維の専務)
・石川県立美術館の女性職員
・金沢市のニューグランドホテルのフロント係
・金沢市の商店街の書店の20代なかばぐらいの女店員
・金沢市のホテルでの写真集「加賀能登の女性」出版記念パーティの受付の女性
・犀川添いの料理屋のおばあさん
・鶴来町役場スタッフ
・白峰村役場スタッフ
・七尾の和倉温泉・加能屋旅館のフロント係
・七尾の和倉温泉・加能屋旅館の井出課長
・中村(山野稔の勤務先の直接の上司で、仕入課長)
・山野稔と同じ会社に勤務の34歳の独身の東京の女性
・平塚神社(東京都北区上中里)の境内にある駐車場のおじさん
・浅見家近所の煙草屋のおカミさん
・宮本警部(38歳で警視庁捜査一課。「平塚神社殺人事件」捜査本部捜査主任)
・馬場警視正(滝野川警察署長。「平塚神社殺人事件」捜査本部長)
・小堀刑事課長(滝野川警察署)
・宇野警部(鑑識課長)
・柏木部長刑事(金沢中警察署)
・金沢中警察署の署長
・金沢中警察署の刑事課長
・浅見陽一郎(浅見光彦の兄で警察庁刑事局長)
・和子(浅見陽一郎の妻)
・雪江未亡人(浅見光彦の母)
・藤田(『旅と歴史』編集長)

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