北陸を舞台とする小説 第36回 「加賀金沢殺人事件」(木谷恭介 著)


「加賀金沢殺人事件」(木谷恭介 著、双葉社、1989年2月発行)

<著者紹介>木谷 恭介(こたに・きょうすけ> (本書発行時、本書著者紹介より)(*1927年~2012年)
1927年、大阪生まれ。私立甲陽学園卒。浅草の劇団「新風俗」「三木トリロー文芸部」などを経た後、ルポライターとして主に週刊誌で活躍。1977年頃より、風俗営業の女性を題材とした小説で注目された。著書は双葉社刊の『花舞台殺人事件』『特急<ひだ3号>30秒の死角』『軽井沢・京都殺人行』『瀬戸大橋殺人海峡』のほか『ヤッちゃん弁護士』シリーズ、『長崎オランダ坂殺人事件』『京都いにしえ殺人歌』など多数がある。(*追記:2012年逝去)

旅情ミステリー作家として数多くの作品を発表してきた、推理作家・木谷恭介氏(1927年~2012年)による加賀金沢を物語の中心とした書き下ろし長編旅情ミステリー。推理作家・木谷恭介氏は、1977年、50歳で作家生活に入り、1983年から旅情ミステリーに専念し、数多くの作品を量産し、警察庁広域捜査官の宮之原昌幸警部が事件解決に挑む宮之原警部シリーズが特に広く人気を博していたが、本書でも、宮之原警部が、ヒロインととともに謎を解明し事件解決に挑む。宮之原警部シリーズでは、基本、作品ごとにヒロインが異なり、本書で、警視庁広域捜査官の宮之原昌幸警部が、金沢市内や石川県内で捜査を進めるにあたって相棒として同行することになる女性は、21歳のチャーミングな若い女性の住之江紗代。彼女は金沢中央署の婦人警官ながら、刑事ではなく捜査員でなくて、書類の整理や捜査費用の出納をしているが、人間はこんなに汚いものかと絶望し、刑事達の下品さと尊大さに愛想をつかし警察をやめようと思いつめている女性。茶の湯の裏千家の「真の行台子」の免許を持っていたり、本作品の連続殺人事件の関係者たちが係わる「古都金沢の伝統美を守ろう会」の人達とも付き合いがあった。連続殺人事件を憂えながらも捜査に加われないまま職場を退庁し金沢の香林坊のショッピングビルに出かけたところで、宮之原警部に突然、声をかけられる。尚、木谷恭介氏の宮之原警部シリーズで宮之原警部と関係が深いレギュラー的な存在の女性・小清水峡子については、本作品については全く登場してこない。

本書のストーリーは、大雪があがった12月中旬の朝の金沢の兼六園で、鮮やかな和服を着た若い女性の刺殺死体が発見される場面から始まる。仰向けに倒れた刺殺死体は口に一輪の黒百合の花をくわえていた。被害者は金沢市尾張町にある加賀友禅の老舗の酒井染物店の一人娘の34歳の酒井篠子。酒井篠子には、京都出身で中学卒業後から酒井染物店に住み込みで勤めていた婿養子の誠一郎がいるが、夫婦仲は悪く、中学生の息子・悟史が一人いるものの、酒井篠子は男性との交友関係が派手で、遊び歩いていて、身持ちがよくない噂が絶えない女性。金沢の兼六園で深夜殺害された日の夜も、金沢市寺町の加賀料理の老舗の料亭、橋本楼の若主人・橋本等と、鶴来に川魚料理の美味しい店があると聞き一緒に出かけ、その後は、金沢に戻り香林坊のクラブで飲み直しと遅くまで一緒にいて、香林坊のクラブを出た後に別れ、その後、兼六園で殺害されていた。酒井篠子には、橋本等以外にも、九谷焼の39歳の陶芸家で寺井町(現・能美市)在住の杉山信水、加賀蒔絵の後藤蒔絵店の42歳の主人・後藤幻一、叢雲寺の45歳の住職・野々垣念照、和菓子の愛宕の若主人・菊田薫など、「古都金沢の伝統美を守ろう会」のメンバーの大勢の男がいて、乱れた男性関係で評判は芳しくなかった。

兼六園での酒井篠子殺人事件の捜査が始まった矢先に、第2の殺人事件が起こる。次に殺されたのは、酒井篠子の交友の一人で、容疑者としてマークされていたお寺の住職・野々垣念照。最初の殺人事件と同様に、口に黒百合の花をくわえていたが、死体発見現場は、石川県小松市にある著名な観光名所の那谷寺(なたでら)。野々垣念照が深夜殺害されたとみられる日の夜、金沢中央署の住之江紗代は、香林坊の角に建つショッピングビル、KOHRINBO 109のフラワーショップの前で、知り合いの野々垣念照から声をかけられ、ビルの中にある喫茶店に誘われ、酒井染物店の古美術愛好家の先代の酒井承之助が昭和の初めに、能登の富来町(現・志賀町)の山深いところにある寺の若い住職から古九谷の逸品の花入れを購入した時のショッキングないきさつの話や、その古九谷の花入れを酒井篠子が持ち出していたという話を聞かされていたばかりだった。尚、住之江紗代が野々垣念照や宮之原警部に声をかけられた香林坊の角に建つショッピングビル「KOHRINBO 109」は、1985年9月21日に、金沢市中心部の香林坊に開業したファッションビルで、東急グループのSHIBUYA 109の地方出店1号店。本書作品の設定時代は、1988年12月なので、比較的オープン直後の時期。2016年には香林坊東急スクエアに改称し、109の名称は消滅。更にその後、施設は売却され、2025年3月からクラソ・プレイス香林坊に改称されている。

そして、最初の兼六園での酒井染物店の酒井篠子の殺人事件から、1週間とたたずに、3番目の連続札事件が発生。今度の被害者は、酒井染物店の酒井篠子の母親である酒井世津。喉を掻ききるように殺されていて、2つの殺人事件同様に、口に黒百合の花をくわえて死んでいた。死体の発見場所は、金沢市郊外の湯湧温泉の江戸村。1週間以内に3つの連続殺人事件が発生し、金沢市の兼六園、小松市の那谷寺、金沢市郊外の湯湧温泉の江戸村と、いずれも観光名所ばかり、3番目の殺人事件の被害者・酒井世津の実家は石川県羽咋市で、先祖は加賀藩の重役で1万3千石の家柄で、プライドは非常に高い一族ながら、経済的には、酒井世津が金沢の酒井染物店に嫁ぐ頃には、かなり困っていた家。尚、1989年2月発刊の本書では、湯湧温泉の江戸村について、”湯湧温泉は金沢の南東、白山連峰のひとつ医王山の麓にある。加賀藩のころから湯治に利用され、いまもその名残をつたえる木造の旅館が並び、高台には戦前、日本一を誇った洋風の旅館、白雲楼ホテルがそびえ建っている。江戸村はそのすこし上にある。明治村ほどの規模ではないが、造られたのが20年以上前なので、それなりの風情もそなわって来た。」と紹介されている。ここでの湯湧温泉の江戸村は民間運営のもので、その後、閉鎖され、現在、金沢市湯湧温泉にある金沢湯湧江戸村とは同じ物ではなく、現在のものは江戸期の建造物を移設し、金沢市立の施設として2010年9月に開館。白雲楼ホテルは1998年に営業停止となり翌年倒産している。

物語の展開は、本書の終盤、第6章あたりから第7章にかけて、一気に全容が見えてきて、終戦前の頃の話も絡み、俄然面白さが増してくる。物語の時代は、具体的な年の明記はないが、まず、第1の殺人現場となった金沢市の兼六園について、10年ちょっと前までは市民の憩いの場所として無料で開放されていたが、1976年の秋から有料になったとあり、1986年冬かそれ以降の話と、酒井染物店の婿養子の酒井誠一郎が、1946年正月に京都で生まれ42歳ということから1988年の話と分かる。本書のタイトルが「加賀金沢殺人事件」とある通り、主立った登場人物は金沢市在住で、金沢市内の各地が物語の展開場所として、いろいろと登場する。2つの殺人事件現場は兼六園と、金沢市郊外の湯湧温泉で、物語の中心となるのは、金沢市尾張町にある金沢友禅の老舗・酒井染物店と取り巻く金沢の人達。本書では、”尾張町は明治から大正、昭和のなかごろまで、金沢でもっとも賑やかなところで、もともと、金沢藩主・前田利家がこの地に入城し、城下町をつくったとき、出身地の尾張(名古屋)から商人や町人を招いて城の近くに住まわせたところから尾張町の名がついた。それだけに古くからの老舗が多い”と紹介されている。金沢市内では、香林坊、片町、寺町、野町、瓢箪町から、JR金沢駅西口方面の北安江、日本海沿いの専光寺町、卯辰山などまで、金沢市内各地が登場する。

本書のタイトルが「加賀金沢殺人事件」とあるのは、3件の連続殺人事件のうち、2番目の殺人現場は、石川県小松市の那谷寺であることや、本書の物語では加賀友禅と並び九谷焼にスポットが当てられていて、九谷焼で有名な石川県寺井町(現・能美市)も物語の舞台として登場し、金沢市内だけでなく、加賀地方も本書の物語を構成している。更にいえば、本書の終盤で物語の一番のクライマックスの舞台は、金沢でもなく加賀でもなく、能登の富来町(とぎまち)。2005年9月に志賀町と新設合併し、富来町は無くなり、志賀町となっているが、旧・富来町は、能登金剛、ヤセの断崖、福浦灯台など、日本海沿岸に観光名所があるが、本書の物語で登場する富来町の舞台は、富来町の北のはずれで、5,6km先は、隣の穴水町という山の中の地区。3件の連続殺人事件の死体の口にくわえられていた黒百合の花も気になるが、本書では、黒百合に関する伝説を、富山城主の佐々成政と侍女の早百合との有名な伝説や、佐々成政が豊臣秀吉の奥方、北政所に献上したという伝説で淀君が対抗する話も、住之江紗代が警察署内での上司との会話で紹介しているが、本書の物語に、佐々成政の伝説は関係がない。

目 次
第1章 血に染まった兼六園の雪
第2章 那谷寺の秘密を胸に
第3章 消えた古九谷
第4章 美しい女(ひと)への要請
第5章 古都金沢の展望台・卯辰山
第6章 白蟻の棲くう老舗
第7章 能登路の闇に殺意の風
あとがき

<主なストーリー展開時代>
・1988年12月(*具体的年代は明記がないが、1946年正月に生まれた登場人物が42歳ということで分かる)
<主なストーリー展開場所>

・石川県(金沢市、小松市、寺井町(現・能美市)、鶴来、湯湧温泉、羽咋、富来町(現・志賀町) ・京都

<主な登場人物>
・宮之原昌幸(警察庁刑事部捜査課遊撃捜査第7係の警部で、広域捜査官)
・住之江紗代(金沢中央署の婦人警官)
・酒井篠子(金沢市尾張町の酒井染物店の34歳の家つき娘)
・酒井誠一郎(酒井篠子の夫で、酒井染物店の婿養子。京都出身で中学卒業後、酒井染物店に住み込みで勤める)
・酒井承之助(酒井篠子の父親で旧制の商業学校卒業)
・酒井世津(酒井染物店の酒井承之助の夫人。実家が加賀藩の重役の家柄で東京の女子大卒業)
・酒井悟史(酒井篠子の中学生の息子)
・沢上刑事課長(金沢中央署)
・影山捜査係長(金沢中央署の45歳のベテラン刑事)
・橋本等(金沢市寺町の加賀料理の老舗の料亭、橋本楼の32歳の若主人。金沢市の香林坊のすぐ近くのマンション在住)
・杉山信水(九谷焼の39歳の陶芸家で、寺井町在住。東京生まれで芸大卒業後、有田で修業)
・後藤幻一(加賀蒔絵の後藤蒔絵店の42歳の主人)
・野々垣念照(叢雲寺の45歳の住職)
・菊田薫(和菓子の愛宕の若主人)
・清水三斎(加賀友禅の第一人者の絵師で87歳。金沢市野町在住)
・清水三斎の妻
・松浦元久(加賀友禅の絵師)
・篠塚佐和子(酒井誠一郎の32歳の愛人で、京都の山科から金沢市北安江のマンションに移り住む)
・松尾美佐(仏像や仏画に詳しい富山の女性。父親が古美術の愛好家)
・金沢の兼六園で遊歩道の雪掻きをしていた年老いた作業員
・金沢の兼六園の若い職員
・金沢の兼六園の管理事務所長
・石川県警本部警部総務課の総務課長
・酒井染物店の店員たち
・酒井染物店近くの町の伊原写真館の主人
・篠塚佐和子が住む金沢市北安江のマンションの初老の男性管理人
・金沢の専光寺浜の友禅団地の事務所のスタッフ
・金沢の専光寺浜の友禅団地にある下絵の「えり友」の工場長
・瀬崎澄男(酒井世津の兄で、京都で大学教授)
・羽咋の瀬崎四兵衛(酒井世津の実家が瀬崎の本家でその分家)
・京都ホテルのフロント係
・観世清貴(京都在住)
・秋元(加賀友禅の染物職人で金沢市瓢箪町在住)
・徳永(奈良県の飛鳥市長)
・金沢の片町の小料理屋「小柳」女将(酒井承之助の昔の恋人)
・能登の富来町の山の中の欣浄寺の65,6歳の住職と妻
・羽咋警察の富来町幹部派出所の係員
・住之江紗代(金沢中央署の婦人警官)の母
・能登の富来町の欣浄寺の若い住職(昭和7年の話)
・先代の酒井承之助(昭和7年の話)
・小奴(金沢の東廓の芸妓。能登の富来町の欣浄寺の娘。本名は和子)(終戦前の話)

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