北陸関連の図録・資料文献・報告書  第14回 「森山 啓 追悼 特別展」(編集・発行: 小松市立図書館 )

「森山 啓 追悼 特別展」(編集・発行:小松市立図書館、1991年10月発行)

「森山 啓 追悼 特別展」
主催:小松市立図書館
会期:平成3年(1991年)10月25日(金)~11月10日(日)
会場:小松市立図書館1階視聴覚室(石川県小松市)

石川県小松市に大変ゆかりのある作家・森山啓(もりやま・けい)氏(本名:森松慶治、1904年~1991年)が、平成3年(1991年)7月26日に、入院先の石川県松任市の病院で、呼吸不全と腎不全のため逝去(享年87歳)。石川県小松市立図書館では、平成(1989年~)に入り、森山啓文学展の企画が出て、少しずつ準備に入り、漸く構想が纏まりかけていた時に、森山啓 氏が平成3年(1991年)7月26日に亡くなり、企画は一寸中断したが、急いで遺作展に変更。急遽、「森山 啓  追悼特別展」が、平成3年(1991年)10月25日から11月10日までの15日間、石川県小松市立図書館にて開催。森山 啓 氏の遺された原稿から蔵書、手紙、写真それに身の回りの生活品などを展示。「森山啓 追悼特別展 展示品目録」は別刷で、本資料そのものは、「森山 啓 追悼 特別展」開催に際し、森山啓 氏と大変関わりの深い方々による追悼寄稿の文章を編んだ16頁の小冊子で、巻末には、山根 公(石川県教育委員会) 氏による5頁にわたる「森山啓略年譜」が付されている。

生前の1975年(昭和50年)11月9日、石川県小松市安宅町住吉神社境内に、森山啓文学碑(碑文は森山啓著作「遠方の人」より)が建立されていたが、没後の1997年(平成9年)「森山啓文学選集(1)(時代小説編)」が出版され、2000年(平成12年)には、小松市文芸懇話会の協力で、小松市立図書館に「森山啓記念室」が設置。没後13年にあたる2004年には、森山啓生誕百年記念誌として、約200頁に及ぶ「森山 啓の記録 ーその人と文学ー 」(編集:森山啓生誕100年記念誌発行委員会、2004年(平成16年)10月31日発行)が、小松市立図書館発行で刊行されている。

森山啓(本名:森松慶治)氏は、富山人出身の両親(父親は本礪波郡野尻村出身で現南砺市、母親は西砺波郡戸出町出身で現高岡市)のもと、旧制中学教師であった父親が富山県立富山中学から明治36年(1903年)に新潟県村上中学に転任となり、新潟県岩船郡村上本町(現・村上市)で1904年(明治37年)3月10日に生誕。その後、父親が新潟県立高田中学の教師に転任し、新潟県内の高田市に転居するも、新潟県での生活は生後4歳半までで、1908年11月末には、父親が富山県立高岡中学に転任により、家族で新潟県高田から富山県高岡に移住となり、その後は小学2年修了の1912年春までの約3年半は富山県高岡市在住。その後は父親が福井県立福井中学の教師となり、森山啓 氏は、1912年4月の宝永小学3年から1916年に福井中学に首席で進学。1920年秋、金沢の第四高等学校に入学までの約8年半は家族と共に福井市内で生活。2度の福井市の実家での長期の病気休学もありながら金沢で第四高等学校学生生活を過ごし、明治後半・大正時代の幼少から小学・中学・高校の学生生活は、富山・福井・石川の北陸各地で暮らし北陸に非常にゆかりがある作家。

1925年4月、東京帝国大学文学部哲学科美学科に入学。東大美学科在学中に、福井県坂井郡高椋村(現・坂井市丸岡町)出身の中野重治と親交を持ち、プロレタリア芸術運動に携り、1928年に大学を中退。弱体化しているプロレタリア文学運動立て直しの有力な担い手の一人として、大変な生活苦の中で華やかな文学的活躍は注目されるも、その後「転向」。1941年(昭和16年)8月、夫人みよさんの生まれ故郷で家族の待つ石川県小松市に疎開し移住。1942年には『海の扇』で新潮社文芸賞を受賞。その後も長く石川県小松市で作家活動を続けていたが、1978年10月、40年近く住んだ小松を離れ石川県松任市(現・白山市)に転居し1991年に松任市の病院で死去。1925年から1941年の16年間の期間は東京ながら、37歳の1941年から87歳の1991年病没までの後半生の約50年も、北陸の石川県(小松市・松任市)で長らく過ごす。

森山 啓 氏は、小松市に長らく住んだ著名な作家というだけでなく、地方文化の向上のために、特に小松市の文化活動の先頭にたってきたということも特筆すべきことで、森山 啓 氏の戦後まもない昭和21年(1946年)小松文化連盟の結成に尽力し会長に就任。昭和30年(1950年)総合文芸誌「小松文芸」の発刊以来、昭和33年(1958年)2月「小松文芸懇話会結成もあり、後進への指導や助言などにより多くの文人を育ててきたと言われるだけに、本冊子「森山 啓  追悼 特別展」では、文化活動を共にした小松市文芸懇話会のメンバーの方々の寄稿が続き、森山啓 氏との初の出会いや、森山氏のエピソードなども紹介され、また、小松市在住作家の山中しほさん、金沢市在住作家の井上 雪さん、金沢市在住作家の三田薫子さんと、後進の地元女性作家たちからも文章も寄せられている。22歳年下の山中しほさんは、文学、文章について多くの事を学び、作家の生活の苦しさをも垣間見たと記している。

小松市文化連盟会長を依頼された頃の文化座談会の席上でのエピソードも印象深い。当時の小松で著名な革新陣営の闘士が「現代の文学は堕落している。今の作家は芸者や夜の女ばかりをテーマにしている」と発言したことに対し、「そういう人たちのことを書くのがなぜいけないのですか。彼女たちは好んでそんな世界に入ったわけではなくて、様々な事情の中で精一杯に生きようとしているのです。その生態を書くことが、どうして堕落なんですか」と、森山 啓 氏は、穏やかな調子ながら反論したとのこと。また、生前の文学碑建立の除幕式での森山 啓 氏の挨拶で、近くにある与謝野晶子の歌碑を指しながら、「・・・わたくしの全生涯の作品を合わせても、あの与謝野晶子さんの『みだれ髪』一編にも劣るのです。・・」ととつとつと語った様子も紹介されている。小松へ来られた森山 氏を一番先に訪ね、文学熱心で森山啓を文化活動に誘い込み、小松文化連盟を作り会長に据えたと言われる山本佐一氏が、金沢・小松からのメンバー12名で森山氏の自宅で話を聞いたことを日記に記していたが、その時の宮本百合子、中野重治、共産党離党の件についての話は非常に興味深い。

日本近代文学研究者で金沢大学名誉教授の森 英一 (もり・えいいち)氏による「森山 啓の文学」という2頁にわたる寄稿文は、「石川近代文学全集9森山 啓」(石川近代文学館 発行、1988年10月)の編者であり「巻末研究」として「評伝 森山啓・人と文学」の著者でもある研究者だけあって、森山 啓 氏の人と文学について、短い文章ながらも読みやすく共感する内容で読み応えがある。”森山啓さんがもし四高に学ばなかったなら、もし戦後まもなく上京していたなら、ということを特に亡くなられた今、思う”と、書き出し、森山啓 氏に大きな影響を与えた旧制四高時代とみよ夫人との出会いに触れ、北陸地方に住む無名の人たちの真剣な生き方を取り上げ、そこに暖かいまなざしを注いできた森山文学の基調と魅力、森山啓 氏の生き方について述べられている。”それにしても『谷間の女たち』の続編が完成されなかったのを悔やむ。中野重治『むらぎも』に相当する時期を扱ったと推測されるだけに。”という結びの文章にも全く同じ想い。

本資料とは別刷の「森山啓 追悼特別展 展示品目録」では、単行本・全集・他作家贈呈本・書簡類・雑誌・原稿・ノート(取材ノート、日記帳)、原画、更には写真、額装、短冊、遺品類、校歌、新聞切抜などの「森山啓 追悼特別展」展示品目録が記録として記されている。単行本22冊中12冊は森英一氏所蔵で、「プロレタリヤ詩のために」(昭和7年5月、白楊社)・「ハイネ詩集」(昭和8年3月、白楊社)・評論集「芸術上のレアリズムとの唯物論哲学」(昭和8年11月、文化集団社)などで、他は森松家や小松高校所蔵。写真は30点展示され、大正4~5年頃(幼児 家族と共に。父瀬造、義母薫、兄弟、姉妹たち)、四高時代の集合写真(大正9年・14年)、新婚当時の妻みよさん(昭和4年頃)、若き日の森山氏(昭和12年頃)など。森山啓 氏が手掛けた石川県内の学校校歌9点や、映画「雑草のような命」ポスター(昭和34年、著作「若いいのち」の映画化)も展示。「森松慶治から角松美代子へ」の手紙類や、1982年の「中野重治を語る会」「中野重治を偲ぶつどい」での講演テープも含まれている。

北陸で学生時代を過ごした森山啓 氏関連の雑誌の展示もあり、旧制福井中学(現・福井県立藤島高校)時代について、「わが母校 旧制福井中学」と題した森山啓・宇野重吉・深田久弥座談会の様子を記した明新会報(昭和36年3月)や、福井県立藤島高校所蔵の「明新戊午号(大正8年2月)」に収められた当時、旧制福井中学3年の森松慶治の文章「我が愛読する書」が取り上げられ、また、「四高北辰会雑誌No.102(大正14年3月)」には、当時、金沢の旧制四高時代の森松慶治 名の詩2篇が収められている。

森山 啓 追悼 特別展開催にあたって
郷土作家・森山啓先生には、去る7月26日、静かに87年の生涯を閉じられました。
先生は、青年期および壮年期の前半にかけ、中央にあって主に詩人・文学評論家として活躍されましたが、昭和16年(1941)春、妻みよさんの生まれ故郷である小松市に転居、以来38年間を小松市にお住まいになりました。戦中・戦後の困難な一時期、経済的には筆舌に尽くし難い辛苦に直面されながらも、あえて中央復帰への途を志向せず、郷土作家として、豊かな北陸の風土を舞台に、そこに住む人々の素朴で美しい愛と人情をテーマに、しみじみと心に滲みる数々の名作を世に出されました。
これら諸作品に共通する精神(こころ)は、「生命あるもの」に対する限りない、いたわりの念であろうかと私は思います。梯川の堤防や、農村の畦道にひめやかに咲く名もない草花の”いのち”を愛で、隣人たちのさりげない厚情に深く心を打たれる先生の”やさしさ”と鋭い感受性が、浪漫溢れる諸作品を生み出した事は確かですが、同時に、ひめやかで、謙虚で、自らを無器用な人間と称されるその外見とはうらはらに、内に秘めた「頑固なまでの信念の強さ」が森山文学の純粋さを支える力の源泉ではなかっただろうかと思います。

目次
森山 啓  追悼特別展開催にあたって ・・・小松市長  竹田 又男
森山 啓 の文学 ・・・金沢大学教授  森 英一
十字架を背負った人 ・・・山下 七志郎
茉莉花 ・・・山中 しほ(作家・小松市在住)
初の出合いから ・・・宮崎 栄(小松市文芸懇話会長)
S31年1月15日の日記より ・・・山本 佐一(小松市文芸懇話会会員)
聞きがき抄 ・・・呉座 音弥(小松市文芸懇話会会長)
一礼だけの新任式 ・・・紺谷 忠士(小松市文芸懇話会常任理事)
永遠に美しい =全自然に同化した森山 啓=
・・・千葉 龍(作家、詩人。日本文芸家協会、日本ペンクラブ、日本詩人クラブ、日本現代詩人会会員)
大いなる遺産 ・・・西 のぼる(挿絵画家・松任市在住)
ありし日の思い出から ・・・井上 雪(作家・金沢市在住)
ヴィーナスたちがいる大地への接吻 ・・・三田 薫子(作家・金沢市在住)
森山 啓 略年譜 ・・・山根 公(石川県教育委員会)

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