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北陸を舞台とする小説 第23回 「奥能登呪い絵馬」(山村 正夫 著)
北陸を舞台とする小説 第21回 「奥能登呪い絵馬」(山村 正夫 著)
「奥能登呪い絵馬」(山村 正夫 著、角川文庫<角川書店>、1988年11月発行)
<著者略歴> 山村 正夫(やまむら まさお)(1931年~1999年)(*本書に著者略歴記載なし)
1931年大阪府生まれ。1949年『二十密室の謎』でデビュー。1977年、『わが懐旧的探偵作家論』で日本推理作家協会賞を受賞。日本推理作家協会理事長、日本文芸作家協会、日本ペンクラブ理事などを歴任。1983年からはエンターテインメント小説作法教室で講義し、多くの作家を育成。怪奇幻想小説や謎解き小説、伝奇ミステリーを多数執筆し、おもな作品に『獅子』『ボウリング殺人事件』『推理文壇戦後史』などがある。1999年没。
本書の著者・山村正夫 氏(1931年~1999年)は、伝奇ミステリー小説を多数執筆していることで知られるが、本書「奥能登呪い絵馬」も、伝奇ミステリー小説で、1988年9月号から12月号まで、角川書店の月刊文芸誌「野生時代」に連載された小説を文庫化し、1988年11月、角川文庫から刊行されたもの。代表作の一つに、1980年、角川書店から単行本が発売された伝記本格推理小説「湯殿山麓呪い村」があり、この小説は、1980年に角川小説賞を受賞、その後、角川文庫などから文庫本が発行され、また1984年に、角川春樹事務所制作で、伝奇ミステリーサスペンス映画「湯殿山麓呪い村」が公開されている。この山形県鶴岡市の湯殿山麓を舞台とした「湯殿山麓呪い村」では、東京の大学の史学科の講師・滝連太郎が、探偵として活躍しているが、「湯殿山麓呪い村」が、滝連太郎が探偵役の主人公となるシリーズ第1作。タイトル通り、奥能登を舞台とした本書「奥能登呪い絵馬」も、滝連太郎が探偵役の主人公のシリーズの一作で、東京・世田谷区の駒沢にある真言宗系統の仏教大学・光華学園大学の史学科の柳沢英輔教授の助手で、探偵役の助手が、同じ大学の史学科4年の女子学生・武見香代子という設定。
本書ストーリーは、本業は東京・駒沢の光華学園大学の史学科の教授助手ながら、本書の探偵役となる主人公の滝連太郎が、光華学園大学の史学科に在学中の友達の御厨玄一郎から奇妙な電話を受け、大学の史学科の学生・武見香代子を伴って、国立劇場で「勧進帳」の歌舞伎公演を見た後、御厨玄一郎の弟・御厨修二郎が東京・赤坂で経営する輪島塗の漆器店に出向くシーンから始まる。武見香代子は、大学のオカルト研究会の副会長をしていて、「湯殿山麓呪い村」での事件以来、滝連太郎がこれまでに解決した数々のおどろおどろしい事件でも、よきアシスタント役を果たしてきていた学生。滝廉太郎と武見香代子の2人は、東京・赤坂の店内で御厨修二郎が、何者かに背中を刺され死んでいたのを見つける。御厨玄一郎は、奥能登の曽々木にある平氏の末裔の旧家の長男で、2年前までは東京で『史談』という歴史雑誌の編集長をしていたが、今は能登の実家に帰り暮らしていた。
御厨玄一郎からは、「差出人不明の人間から、突然、能登の家に送られてきた、死者を暗示する、ひどく気味悪いモノを、弟に預けたので見てほしい」という電話だったが、死体近くのテーブルの下には、戒名が書き込まれた花嫁を描いた大きい絵馬が落ちていた。それは、山形地方独特の風習で、早死をした未婚の息子や娘を哀れんだ親が、せめて絵の中だけでも、夫や妻を娶らせて奉納する「ムカサリ絵馬」だった。弟の修二郎に危害が加えられることは予期もしていなかったが、自分が恨まれも仕方のない女性が過去に存在したことを、御厨玄一郎が明かす。2年前、独身時代の東京で「史談」の編集長をしていた時に、奥能登と源義経との結びつきを調べていた東京の私立学校の歴史の教師だった山形出身の園田妙子と知り合い結婚を考えるまでになったが、御厨玄一郎の母・御厨紀和が強引に別れ話を付け、その後は消息不明だったが、更に、奥能登の御厨家に、ムカサリ絵馬の戒名が付いた女性の最後の模様を伝え、その祟りを忘れるな、呪われた御厨家には、この先、恐ろしい使者が出るだろうと、一方的に告げる電話かかかる。
一方、御厨修二郎の通夜が、同じ奥能登出身で、御厨修二郎の面倒を見てきて、東京・赤坂の輪島塗の店を出店する上でも大いに力になった赤坂にビルも持つ観光業の社長・陣内亮吉の東京・松濤の家で行われるが、その時に、奥能登きっての資産家で、平家ゆかりの御厨家をめぐる関係を、滝連太郎も知ることになる。御厨玄一郎の御厨家は、江戸時代には、源平時代に奥能登に配流となった大納言平時忠の末裔の時国家に次ぐ豪農という由緒ある旧家で、奥能登の天領庄屋の一つ。その御厨家の補佐役を務めていたのが、陣内家と箕浦家で、地元では南家、北家と呼ばれていたが、東京・赤坂で観光業「日本海観光株式会社」経営する陣内家の陣内亮吉と、石川県七尾市にある造林業・箕浦林業の代表者で、奥能登の地元の損壊銀をしている箕浦家の箕浦卓三とは小学校からの幼馴染ながら、昔から犬猿の仲。妻に先立たれた陣内亮吉の一人娘の妃登子は、御厨玄一郎の新妻となっていて、また、箕浦卓三の息子・箕浦禎章は、御厨玄一郎の妹・御厨笙子と、近々、結婚することになっており、更には、御厨家の先代当主・御厨嘉兵衛の一人娘で御厨家の女主人で、御厨玄一郎・修二郎・笙子の母親である御厨紀和の夫・御厨朔之助は、箕浦家出身。箕浦卓三の弟で御厨家への婿養子という複雑な関係。
御厨修二郎が7月20日に殺害され葬儀が終わったばかりながら、箕浦卓三の強行により、当初予定通り、8月2日に奥能登で、箕浦禎章と御厨笙子の挙式が行われることになり、滝連太郎と武見香代子は結婚披露宴に招待されたこともあったが、またムサカリ絵馬が御厨家に届き、呪われた御厨家に死者が出るという不気味な予告に怯える御厨玄一郎から催促を受け、滝連太郎と武見香代子は7月31日に東京を発ち、小松空港に車で出迎えた御厨玄一郎とともに、和倉温泉での1泊後、奥能登の曽々木の手前、町野川に位置する御厨家がある山村(本書では、判官村と創作上の地名が付されている)に辿り着く。こうして本書のストーリーの舞台は、中盤・後半は奥能登で最後まで展開することなる。第2の殺人事件も非常に凄惨ながら、33年前に奥能登の御厨家で先代当主が殺害された事件とその後の顛末の裏に秘められていた秘密は衝撃的。
本書ストーリーの中での興味深い一つのテーマは、奥能登の義経伝説。本書の主たる登場人物でも、御厨玄一郎を始め、本書の主たる登場人物の数人が、奥能登の義経伝説に深い関心を寄せ研究をしているが、33年前の奥能登の御厨家で起こった事件も、奥能登の義経伝説に関する史料の話が絡んでもいる。吉野山を脱出した源義経が、奥能登に配流中の平大納言時忠を頼って一時身を寄せ、その後に奥州の平泉へ逃れたという伝説が、奥能登には残っているが、源義経が奥州の平泉へ逃れる途中、奥能登へ立ち寄ったという史実は確認されてはおらず、義経の奥州への逃避行ルートは、美濃路、北陸路、能登経由と諸説あり。能登の伝承では、平時忠の娘・蕨姫が義経に同行したとも伝わり、平時忠の娘が義経の愛妾だたという史実は、「源平盛衰記」の中に記されている。須須神社(現・石川県珠洲市三崎町寺家)には、源義経の笛「蝉折の笛」や弁慶の守刀「左」の銘入りのものが収蔵されているが、これは文治3年(1187年)源義経が源頼朝に追われ奥州平泉へ向かう途中に須須沖で海難を救われたお礼として奉納した宝物とされている。本書でも、箕浦禎章と御厨笙子の挙式は、義経と蕨姫に因み、須須神社で行われている。
本書ストーリー設定で、非常に関係が深いと思われるのが、元暦2年(1185年)、壇ノ浦の戦の後、能登国に配流された、平清盛の義理の弟にあたる平時忠を祖とする時国家。平時忠は現・石川県珠洲市大谷(平時忠卿及びその一族の墳があり)に居を構えていたが、平時忠の5男の平時国が姓を「時国」と改め、大谷の山中から平野部(現・石川県輪島市町野町)に居を移し、やがて時国村を興したと言われる。中世以来奥能登地方に強大な勢力を誇った旧家の時国家は、その後、寛永11年(1634年)に、時国村が加賀藩領と陸奥国窪田藩の越中土方領の支配が混在となったことから、上時国家、下時国家に分かれ、幕府領(江戸時代初期は陸奥国窪田藩の越中土方領)を本拠とした時国家は、近世には奥能登にあった幕府領の大庄屋を務め、農業、塩業、回船業で栄え、加賀藩領を本拠とした分家は、町野川下流に居を構えたことから「下時国家」と呼ばれ、加賀藩の役職を務め、農業、塩業、回船業で栄えた。国の重要文化財の上時国家住宅、時国家住宅とも一般公開されていたものの、コロナ禍もあり維持管理も大変な中、2020年、2023年に公開中止となっていたが、2024年正月の能登半島地震で、上時国家住宅は主屋が倒壊し、時国家住宅も多大な被害を受けた。
更に、本書ストーリー設定で重要な意味を持つのが、恋路海岸(現・石川県鳳珠郡能登町恋路)の悲恋伝説。かつて、恋路海岸の周辺にあった多田の里の鍋乃という乙女と、木郎の里の青年・助三郎が恋に落ち、木郎の里から多田の里へと通じる道は険しく、とりわけ夜道は危険だったため、助三郎は夜ごと鍋乃が焚く火を目印に逢瀬を重ねていた。が、ある晩、鍋乃に横恋慕する源次という男が、助三郎が海の深みにはまるように別の場所でかがり火を焚き、おびき寄せられた助三郎は海の深みに身を取られて命を落としてしまう。それを知った鍋乃も、その悲しみから海へと身を投じ自らの命を絶ったという悲恋伝説で、この伝説を伝える像が恋路海岸(現・石川県鳳珠郡能登町恋路)に建てられている。
目次
第1章 ムカサリ殺人
第2章 幽霊の密室
第3章 呪われた恋
第4章 天領庄屋
第5章 義経伝説の里
第6章 滝連太郎能登へ向かう
第7章 33年前の悲劇
第8章 婚礼前夜
第9章 生首花嫁
第10章 日陰の女
第11章 第二の犠牲者
第12章 骨肉の悲劇
<主なストーリー展開時代>おう
・ 1988年7月~8月(*33年前の事件が、昭和30年という記述あり)
<主なストーリー展開場所>
・東京(隼町、赤坂、大橋、深沢、松濤、羽田)・山形
・石川県(小松、和倉温泉、輪島、珠洲、恋路海岸)
<主な登場人物>
・滝連太郎(東京・駒沢の仏教大学史学科の柳沢英輔教授の助手)
・武見香代子(東京・駒沢の仏教大学史学科の4年生で21歳)
・御厨玄一郎(元「史談」編集長で、奥能登きっての資産家・御厨家の長男。滝連太郎と大学時代の友人)
・御厨修二郎(東京・赤坂で輪島塗の漆器店経営。御厨玄一郎の弟。千駄ヶ谷で独り暮らし)
・御厨笙子(御厨玄一郎の妹)
・御厨紀和(御厨玄一郎・修二郎・笙子の母親で、御厨家の女主人。御厨朔之助の一人娘)
・御厨朔之助(御厨玄一郎の父親で1年前に病死。箕浦卓三の弟で御厨家に婿養子)
・御厨嘉兵衛(御厨家の先代当主で御厨紀和の父。昭和30年に殺害される)
・陣内亮吉(東京・赤坂で観光業「日本海観光株式会社」経営。細君に先立たれ独身)
・御厨妃登子(御厨玄一郎の新妻で、陣内亮吉の一人娘)
・箕浦卓三(奥能登の判官村の由緒ある旧家。七尾市にある造林業・箕浦林業の代表者で村会議員)
・箕浦禎章(箕浦卓三の息子)
・園田妙子(御厨玄一郎の3歳あ年上の元恋人で元・東京の私立女子高校で歴史の教師)
・園田麻美(園田妙子と一卵性双生児の妹で、女子美を出た絵描きで、山形市内のデパート宣伝部勤務)
・園田俊平(陣内亮吉の大学時代の友人で、元S大の助教授。33年前に恋路海岸の洞窟内で自殺)
・善作(御厨家の庭仕事や雑用を果たしてくれる爺さん)
・トメ(善作の妻で、御厨家の台所の手伝い)
・久米巡査(判官村の中心部にある駐在所の巡査)
・藤沼志乃(和倉温泉でスナック・バー「志乃」ママ、御厨玄一郎の亡父の元愛人)
・児島医師(判官村が費用を投じて建設した村の診療所の医師で、御厨紀和の主治医)
・大曾根達也警部(警視庁捜査一課の強行班係長。滝連太郎とは学生時代からラクビーの好敵手)
・仁王部長刑事(大曾根達也警部の部下)
・椎名直子(御厨修二郎の店の27歳の独身女性の店員)
・山形市の正応寺の住職(園田家の菩提寺)
・山形市小荷駄町の園田雅美の借家の隣家の人
・和倉温泉「加賀屋」のおかみ
・麻生(金沢市に住む民和党の県会議員)
・三原警部補(石川県警)
・輪島署の刑事たち
・恋路海岸の民宿「片帆」主人
・判官村の助役(箕浦禎章と御厨笙子の結婚披露宴の進行役)
・箕浦林業の若い社員たち
・影山(輪島市内の外科病院経営で、児島医師と懇意)