北陸を舞台とする小説 第11回 「十津川警部「故郷」」(西村京太郎 著)
「十津川警部「故郷」」(西村京太郎 著、NON-NOVEL <祥伝社>、2004年8月発行)
<*月刊『小説NON』誌(祥伝社刊)に2004年2月号から8月号まで連載されたもの>


「十津川警部「故郷」」(西村京太郎 著、祥伝社文庫 <祥伝社>、2008年9月発行)<文庫本>

<著者紹介>西村京太郎(にしむら きょうたろう)(文庫本掲載著者紹介より・発行当時)
1930年、東京生まれ。1963年『歪んだ朝』でオール讀物推理小説新人賞、1965年『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞を、1981年『終着駅(ターミナル)殺人事件』で日本推理作家協会賞を受賞し、推理小説界に不動の地位を築く。2008年には秋葉原を舞台に『十津川警部 アキバ戦争』を書くなど、精力的な執筆活動を展開し、メディアにも注目され続けている。<追記 *2022年3月逝去、享年91歳。1930年~2022年>

本書の著者・西村京太郎(1930~2022)氏は、鉄道や観光地を舞台にしたトラベルミステリーの第一人者で、十津川警部が活躍するシリーズなどの人気推理作家で多くの作品がテレビドラマ化されている。また多作で600以上の作品を世に送り出した。昭和5年(1930)東京生まれで、人事院に入ったが、作家を志して退職。トラック運転手や私立探偵などを経て30代の前期から作家活動に従事し、昭和38年(1963)「歪んだ朝」でオール読物推理小説新人賞を、昭和40年(1965)には、「天使の傷痕」で第11回江戸川乱歩賞を受賞。初期は社会派推理小説を執筆していたが、その後、トラベルミステリーの分野を開拓。昭和53年(1978)に発表した「寝台特急殺人事件」がベストセラーになって以来、十津川警部シリーズは数多くテレビドラマ化され、人気を集めた。晩年には、自伝的ノンフィクション「一五歳の戦争」を執筆するが、令和4年(2022)3月に逝去。

本書は、多作で知られる西村京太郎氏のトラベルミステリーで人気シリーズの十津川警部シリーズの小浜を舞台とする一作品で、月刊『小説NON』誌(祥伝社刊)に2004年2月号から8月号まで連載され、2004年8月、NON-NOVEL(祥伝社)として刊行。十津川警部と良き相棒のカメさんこと亀井刑事は、これまで小浜を訪れることは無かったが、本作品で、短い期間ではあるが、初めて3度、続けて小浜の街を訪れたことになっている。ストーリーの発端は、警視庁捜査一課の十津川警部の部下の1人である、現職の片山明刑事が、東京・中野駅近くのマンションに住む六本木の高級クラブのホステス・広瀬ゆかりと無理心中を図って、彼女を殺して自分もその後自殺したと疑われる事件が東京・中野で発生。

死体で発見された部下・片山明の無実を信じ、十津川警部は、片山明の故郷である若狭小浜(福井県小浜市)に向かう。20代半ばの片山明刑事の実家は元々、小浜の街が栄えていた頃、遊郭などで大変な賑わいを見せた福井県小浜市三丁町で、旅館を営んでいたが、両親が亡くなり、家族は、半年前に交通事故に遭い小浜市内の病院に入院していた10代の妹・片山みどり1人だけ。片山明は、小学校、中学校、高校は、地元小浜の学校を卒業し大学は東京に進学。片山明が8年前に卒業した高校で、十津川警部は、まず、片山明が高校時代、仲間たちと同人雑誌「パピルス」を出していたことを知り、同人雑誌仲間で今も小浜在住の2人、木村雄介と佐伯香織を訪ねる。

木村雄介は、小浜港にあるフィッシャーマンズワーフに水産物の土産物店を出店。一方、佐伯香織は、一度、小浜市内で結婚するも離婚をし、今は駅前の商店街の文房具店の実家住い。佐伯香織は、高校時代から美少女で短歌の才能もあり。小浜出身の「明星」の美しき歌人・山川登美子(1879年~1909年)の再来とも言われ、同人仲間たちのマドンナであった女性。佐伯香織の家は、駅前の小さな商店街にあり、そこには、アーケードがあって、「鯖街道はここから始まる」と書かれているとあるが、ここは以前は、いずみ町商店街だったところで、2020年3月オープンした小浜市鯖街道ミュージアムなどの再開発で、アーケードも撤去され、本作品のモデルとなった時とは様相が変貌している。また、片山明が卒業した高校名は明示はないが、小浜港に近いとあり、福井県立若狭高校(小浜市千種1丁目)がモデルと思われる。

片山明から妹の片山みどりに保管を託されていた、片山明が高校時代の日記やスケッチブック、高校時代にやっていた同人雑誌、最近の友人たちとの手紙などから、片山明が1年前の若狭小浜のお水送りの神事の日の3月2日の夜に起こった小浜市会議員・水谷精一郎殺人事件を極秘に調査し、重要参考人の1人に挙げられていた水谷精一郎の甥で、片山明の高校時代の同人誌仲間・黒田大輔の容疑を晴らそうとしていたことを、十津川警部たちは知ることになる。また、水谷精一郎議員の秘書で、その当時は佐伯香織の夫であった荒木豊も、水谷精一郎殺人事件の重要参考人に挙げられたが、黒田大輔ともに、アリバイが証明され、逮捕に至らず、事件は迷宮入りしていた。東京・中野で起った無理心中に擬せられた事件と、この1年前に小浜で起きた小浜市会議員殺人事件との間に、果たして、どんな関係があるのか、また、友情に厚い片山明が誰に、なぜ殺されたのか?気になる真相が、小浜と東京での捜査で明らかにされていく。

本書ストーリーの展開場所については、最初の事件の発端は、東京・中野で起ってはいるものの、主たるストーリーの展開場所は、福井県小浜市のみ。本書ストーリーの展開年代については、具体的な年代の明記がないが、最初の東京・中野で起った事件は、3月9日の日曜の夜という設定で、2003年は、3月9日が日曜にあたる。他に年代が推定できる箇所は、「去年になってやっと小浜線は電化された」という記述があり、敦賀ー東舞鶴84.3kmが、2000年7月に電化工事が着工し、2003年3月15日に電化されたということで、この表現からは、本書ストーリーの展開時代は、2004年3月と想定されるが、明確に事件発生の3月9日が日曜と書かれているので、2003年3月と想定(ちなみに2004年3月9日は火曜日)

高校まで故郷・小浜に住んでいた片山明刑事の高校3年の時の日記は、同人仲間の他メンバーとの関係なども含め、恋に悩み、喜びや不安など青春の日々が瑞々しく記されていて、とても印象深い。また、美少女で短歌の才能もあり、小浜出身の「明星」の美しき歌人・山川登美子(1879年~1909年)の再来とも言われ、同人仲間たちのマドンナだった佐伯香織については、高校時代の同人誌への投稿の歌や山川登美子の紹介解釈の文章などからも、とても魅力的で眩しい姿が想像できる。小浜市の高校を卒業し、故郷を離れ、東京の大学に進学し、東京で警視庁の刑事となった片山明にとって、故郷を離れ、7,8年経っても、故郷の小浜は、昔のままの小浜であったようだ。片山明と妹の片山みどりとの間の、夏の地蔵盆についての何気ないやり取りも、故郷を感じる場面と思えた。

本書表紙カバー裏に、本書タイトルにも使われた「故郷」についての<著者のことば>が、以下の様に載せられていて、本書作品内容にも通じることが書かれていて、非常に味わい文章と思える。

<著者のことば>
誰にとっても、故郷は忘れ難い。故郷を遠く離れて生きる人間ほど、故郷は、なつかしく、胸に迫ってくるといわれる。しかし、故郷とは、いったい何だろう。若い時、働くために故郷を離れて、大都会に出たが、年老いると、故郷に帰って行く人が多い。そう考えれば、故郷は生まれ、そして死ぬ場所かも知れない。その一方、故郷を追われた人もいる。故郷は、大都会ほど、寛容ではないということだろう。故郷は、優しいと同時に、厳しい。温かいと同時に、時には、人を裏切る。そんな故郷が、私は好きだ。

ストーリーの比較的最初の方で、十津川警部と亀井刑事が、新幹線「こだま」で米原まで行き、米原から、北陸新幹線で敦賀に出て、敦賀からは小浜線で、二人とも小浜は初めての街で、小浜に向かう途中、十津川警部が、亀井刑事に、小浜市がどういうところかを調べたといって資料を渡すシーンがあるが、これが、以下の様な小浜市民憲章をコピーして渡していて、街のガイド的な資料ではなくて市民憲章ということに非常に意外で驚いた。本書内容の事件とも関係するが、小浜は、水産と観光が町の経済を支える大きな柱と紹介されている。

”私たちの小浜市は、日本ではじめて象が来たまちです。京や奈良の都へ文化を伝えたまちです。時代の先覚者をたくさん生み出したまちです。これを誇りとしここに市民憲章を制定します。
一、歴史と文化財を生かし、豊かな心をはぐくみ文化の創造につとめます。
一、豊かな自然を守り、食文化のまちづくりを進め健康ともてなしの心を大切にします。
一、学問を愛し、勤労を喜び、国際社会にはばたける人間をめざします。

目 次
第1章 若狭小浜
第2章 高校時代の故郷
第3章 新聞記事
第4章 遺書
第5章 私立探偵
第6章 相関図
第7章 小浜を去る日

<主なストーリー展開時代>
・2003年3月と推定
<主なストーリー展開場所>

・福井県(小浜市) ・東京(中野・桜田門・神田)

<主な登場人物>
・十津川省三警部(東京生まれ東京育ちの警視庁捜査一課の警部)
・片山明(福井県小浜市出身の警視庁捜査一課の現職刑事で十津川警部の部下)
・片山みどり(片山明の10代の妹で自動車事故に遭い小浜市内の病院に入院中)
・佐伯香織(片山明の高校時代の同人誌仲間で、小浜市の駅前商店街の文房具店が実家)
・木村雄介(片山明の高校時代の同人誌仲間で、小浜港のフィッシャーマンズワーフに出店)
・三浦信行(片山明の高校時代の同人誌仲間で、高校3年時に自殺を図る)
・黒田大輔(片山明の高校時代の同人誌仲間で、小浜市議会議員の水谷精一郎の甥)
・水谷精一郎(小浜市議会議員で小浜の水谷漁業の社長)
・荒木豊(水谷精一郎の元秘書で、佐伯香織の元夫)
・益田善行(益田水産社長で65歳の小浜水産業界のドン。小浜市商工会議所会頭)
・笠原謙三(小浜の観光業者の40代の笠原興業社長)
・松本警部(45,6歳の福井県警小浜警察署で水谷精一郎殺人事件捜査の責任者)
・三浦慎太郎(三浦信行の父親)
・三浦文恵(三浦信行の母親)
・水谷精一郎議員の後援者で小浜市内の建設業者
・小浜駅前で拾ったタクシー運転手
・小浜市三丁町の小さな旅館の中年の女性
・小浜の海岸近くのN病院の事務局職員
・片山明の小浜市内の海に近い出身高校の30代の小浜生まれ育ち尾職員
・広瀬ゆかり(東京・中野に住む六本木の高級クラブのNo.1 ホステス)
・平山憲一郎(ベンチャービジネス会社社長で50歳妻帯者。広瀬ゆかりの客)
・吉竹隆夫(吉竹病院の院長の息子で35歳独身。広瀬ゆかりの客)
・小田章(大手のIT企業に勤める32歳独身課長。広瀬ゆかりの客)
・橋本豊(元警視庁捜査一課刑事で、今は東京で私立探偵)
・中西進(神田の雑居ビルに事務所を持つ40歳の私立探偵)
・三上刑事部長(警視庁捜査一課で十津川警部の上司)
・亀井警部(青森生まれの警視庁捜査一課の十津川警部の良き相棒)
・田中刑事(警視庁捜査一課で片山刑事とコンビをよく組んだ同僚)
・三田村刑事(警視庁捜査一課の「十津川班」刑事)

・北条早苗刑事(警視庁捜査一課の「十津川班」刑事)
。西本刑事(警視庁捜査一課の「十津川班」刑事)
・日下刑事(警視庁捜査一課の「十津川班」刑事)

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