北陸関連の図録・資料文献・報告書  第16回 「中野重治展 ふる里への思い、そして闘い」(発行: 福井県ふるさと文学館)


「中野重治展 ふる里への思い、そして闘い 」(発行:福井県ふるさと文学館、2016年10月発行)

ふくい県ふるさと文学館  平成28年度秋季企画展「中野重治展 ふる里への思い、そして闘い」
主催:ふくい県ふるさと文学館
会期:平成28年(2016年)10月15日~12月18日
会場:ふくい県ふるさと文学館(福井県福井市下馬町51-11)

本書は、平成28年(2016年)10月15日(土)~12月18日(日)までを会期として、福井県ふるさと文学館(福井県福井市下馬町)にて開催された、ふくい県ふるさと文学館 平成28年度(2016年度)秋季企画展「中野重治展 ふる里への思い、そして闘い 」(主催:ふくい県ふるさと文学館)の図録で、編集・発行は、福井県ふるさと文学館で、2016年10月発行。平成15年(2003年)2月に新築移転された福井県立図書館に郷土文学コーナーが新しく設置されていたが、福井県ふるさと文学館が、平成27年(2015年)2月に、福井県立図書館に併設する形で、ふるさと文学館として開館。福井県ふるさと文学館開館の翌年度の秋季企画展として、福井県出身で日本近代文学を代表する作家である中野重治(1902年~1979年)が取り上げられる。中野重治は、明治35年(1902年)福井県坂井郡高椋村一本田(現・福井県坂井市丸岡町一本田)に生まれた文学者で、東京帝国大学へ進学後、昭和初期にプロレタリア文学の新時代を担うも、治安維持法違反で検挙され転向するが、その後も言論統制の厳しい社会情勢の中でも書き続けることを決意し、「村の家」などの転向5部作を執筆。戦後は社会批評を展開するとともに、故郷の暮らしをふる里の言葉を用いて描いた自伝的小説「梨の花」などの名作を執筆。小説「甲乙丙丁」で1969年度野間文学賞を、さらに、小説、詩、評論など多年にわたる文学上の業績で1978年1月、1977年度朝日賞を受賞するが、1979年(昭和54年)8月24日、胆嚢癌により東京女子医大病院で死去(享年77歳)。

ふくい県ふるさと文学館 平成28年度(2016年度)秋季企画展「中野重治展 ふる里への思い、そして闘い 」(主催:ふくい県ふるさと文学館)では、中野重治の故郷福井への思い、そして、戦争や震災など激動する社会の中で、家族とともに歩んだ文学者としての生き方を紹介し、企画展の構成は、「第1章 中野重治と故郷」「第2章 文学者中野重治の軌跡」という2章に分けて展示。更に、本図録では、企画展の展示内容「第1章 中野重治と故郷」「第2章 文学者中野重治の軌跡」に引き続き、中野重治研究で著名な方々による寄稿文が寄せられ掲載されている。企画展および図録の監修は、本図録で寄稿文も寄せている定道明 氏と林淑美 氏。定道明(さだ・みちあき) 氏は、1940年福井県生まれ、1963年金沢大学文学部卒業の福井市在住の日本文芸家協会会員の作家で、本図録発行時は「梨の花」の会代表。「中野重治私記」(構想社、1990年11月)、「「しらなみ」紀行ー中野重治の青春」(河出書房新社、2001年2月)、「中野重治伝説」(河出書房新社、2002年7月)、「中野重治近景」(思潮社、2014年8月)などの中野重治関係書籍の著者。林淑美(りん・しゅくみ) 氏は、1949年東京都生まれ、日本近代文学研究者で、本図録発行時は立教大学教授。「中野重治 連続する転向」(八木書店、1993年1月)、「昭和のイデオロギー 思想としての文学」(平凡社、2005年8月)、「批評の人間性 中野重治」(平凡社、2010年4月)などの中野重治関係書籍の著者であり、「中野重治評論集」(平凡社ライブラリー、1996年)の編者。

中野重治(1902年~1979年)は、明治35年(1902年)福井県坂井郡高椋村一本田(現・福井県坂井市丸岡町一本田)の自作農で小地主の中野家に、父・藤作(1866年~1941年)と母・とら(1873年~1950年)の次男として生まれ、父親が大蔵省煙草専売局や朝鮮総督府に勤務し留守にしていたため、少年期は祖父母(1924年5月死亡の祖父・治兵衛、1914年6月死亡の祖母・みわ)に育てられた。1908年4月、第三高椋尋常小学校に入学し、その後、改称した高椋西尋常小学校を卒業した中野重治は、1914年(大正3年)4月、福井城内にあった福井県立福井中学校に入学。福井市松本の興宗寺で下宿生活を送り、1919年3月に福井中学校を卒業。1919年9月に、金沢の第四高等学校文科乙類に進学し、ふる里・福井を離れることになる。「第1章 中野重治と故郷」では、中野重治のふるさとへの思いについて、中野重治が自ら「生い立ちの記」とも、「自伝的小説」とも言い、生地における村の生活と、尋常小学校にあがったばかりの頃から福井中学入学のかかりまでの少年時代を描いた小説「梨の花」や、金沢での四高時代を描いた小説「歌のわかれ」をはじめ、故郷について記した随筆エッセイ「私の故郷」「たれか故郷を思わざる」「日本海の美しさ」「ふる里を思う」「福井中学としての記憶」などを引用しながら、中野重治の故郷の生活や思いを紹介している。

この「第1章 中野重治と故郷」では、見開き頁で、「梨の花」の舞台 ~主人公良平が暮らした村~として、小説「梨の花」で作品に登場する、中野重治の少年期のモデルとなる小説の主人公・高田良平少年の家や村、近在の村、丸岡の町などが配された詳細な地図が掲載されていて、この「地図」と現在の一本田を含めた坂井市丸岡町との地図を見比べながら、小説「梨の花」を読み、小説の舞台を散策するのも楽しい。石川近代文学館、坂井市立丸岡図書館所蔵等の小説や随筆の原稿の一部が企画展に出品され、本図録で確認できるが、やはり、中野重治関係の昔の写真は、日本近代文学館提供の「中野重治生家の門」や「1914年 生家の庭での家族の集合写真」など貴重。1914年(大正3年)は中野重治が福井市の福井中学に進学した年であり、同年6月には祖母みわが死去。福井県坂井郡高椋村一本田(現・福井県坂井市丸岡町一本田)の生家の庭で、中野重治の祖父・治兵衛を中心に、父・藤作、母・とら、兄・耕一(1892年~1919年)、福井中学生の中野重治、3人の妹、鈴子(1906年~1958年)、はまを(1909年~1932年)、美代子(1913年~1960年)が写る。写真では、1909年、中野重治が小学校2年の時に担任の恩地先生と同級生の集合写真もあり、この写真のことは、小説「梨の花」にも登場。金沢の第四高等学校時代の青年・中野重治の写真も掲載されている。「第1章 中野重治と故郷」の中では、更に「同郷のよしみ ー福井ゆかりの人たちと – 」と題して、高田博厚、雨田光平、仙石正、森山啓、高見順、水上勉、三好達治、浜口国雄、黒田道宅が、交流のあった福井ゆかりの人たちとして紹介されている。

中野重治は、金沢の第四高等学校を1924年3月に卒業し、同年4月に、東京帝国大学文学部ドイツ文学科に進学。入学の翌年、社会変革を志す若い知識人を集めた東京帝大新人会に入会する一方で、同人雑誌『裸像』や『驢馬』を創刊し、この両誌に後の『中野重治詩集』(1931年)53篇中の45篇を発表。1927年3月、東京帝国大学文学部ドイツ文学科卒業後は、文芸雑誌『戦旗』の創刊・編集に携わるなど、プロレタリア文学運動の新時代の中心になった。1932年4月、中野重治は治安維持法違反で検挙され、5月に東京の豊多摩刑務所に収監され、約2年後の1934年5月に、共産主義運動を捨てることを約束し懲役2年執行猶予5年の判決を受けて出獄釈放される。言論統制の厳しい社会情勢の中でも書き続けることを決意し、権力の厳重な監視下で、ふる里の父親とのやりとりを描いた「村の家」などの転向五部作や『斎藤茂吉ノオト』、森鷗外論などを執筆。終戦後は新日本文学会の創立メンバーとして活躍、「文学者の国民としての立場」など社会批評を次々と発表。その後も、政治と文学の問題を生涯にわたり追究し続け、1969年に小説『甲乙丙丁』で野間文芸賞を、また小説、詩、評論など多年にわたる文学上の業績で1977年度朝日賞など数々の賞を受賞。中野重治は「なつかしさ限りない」ふる里を離れて文学者としての多くの仕事を成し遂げ、1979年8月24日、胆嚢癌により東京女子医大病院で死去(享年77歳)。

「第2章 文学者中野重治の軌跡」では、「文学者としての出発」「転向」「戦中」「敗戦後」「1950年代以降」と時代別に分け。戦争や震災など激動する社会の中で、家族や友人たちとともに歩んだ文学者としての生き方を紹介。「文学者としての出発」では、『驢馬』1926年5月号で発表した、労働運動史上有数な争議である共同印刷争議で働いた経験をもとにした詩「夜明け前のさよなら」の紹介などから始まり、「転向」では、1930年4月に結婚したプロレタリア演劇の女優・原まさの宛の1932年8月24日消印の中野重治獄中書簡や、1934年夏の中野重治日記帳も出品紹介され、1934年8月8日の日記には、父藤作の「筆を全く捨てるのが良策である」という言葉が記されている頁も見つけることができる。1935年5月8日消印の中野重治宛の父・中野藤作書簡もあるが、「戦中」の項では、1945年6月に召集入隊し長野県東塩田村で向かい、その時に、妹・中野鈴子宛てに葬儀のことなどを記した遺言状も、出展展示資料の一つで、原稿以外に、日記や書簡もいろいろと展示資料となり、本図録でも掲載紹介されている。中野重治は召集先の長野県で敗戦を迎え、召集解除の時に撮影された写真もあり。1945年6月28日、福井県坂井郡丸岡町付近を震源とする福井地震で中野重治の生家も倒壊したが、中野重治は日本共産党国会議員団を代表して調査と救援のために福井県に赴いている。戦後の中野重治のいろんな活躍の様子を紹介する写真もあるが、「暮らし」という項目では、中野重治の家庭での表情をとらえた写真が、生活愛用品などの写真とともに掲載されている。

ふくい県ふるさと文学館 平成28年度(2016年度)秋季企画展「中野重治展 ふる里への思い、そして闘い 」(主催:ふくい県ふるさと文学館)の展示内容は、本図録の「第1章 中野重治と故郷」「第2章 文学者中野重治の軌跡」の頁で、中野重治について、中野重治の故郷福井での幼少や青年時代の暮らしや故郷への思い、及び、ふるさと福井を離れてからの文学者としての生き方や生涯に触れ、その概要を知り関心を深めることができるが、本図録では、企画展の内容紹介に留まらず、更に、中野重治研究で著名な方々による、それぞれ、より専門的なテーマや視点についての寄稿文が寄せられ掲載されている。本書図録は、寄稿文を掲載。企画展および図録の監修者の一人である定道明 氏からは、「野の少年期から過激な青春の現場へ」と題し、「梨の花」の小学時代から、福井中学時代、金沢の第四高等学校時代についての論考があり、監修者のもう一人の林 淑美 氏からは、「越前の国 昭和農業恐慌 村の家」と題し、主に、転向し出獄して郷里に父とともに一旦帰った時期の自伝的小説「村の家」の中野重治をモデルとした主人公・勉次の父・孫蔵と、中野重治の実父・藤作についての論考が寄せられているが、確かに、小説「村の家」での主人公・勉次の父・孫蔵が非常に印象深く、この論考も興味深い。他には、丸山珪一(掲載当時:金沢大学名誉教授)氏による「落第生小説としての「歌のわかれ」 ー中野作品への註釈について ー」、鶴見太郎(掲載当時:早稲田大学教授) 氏による「中野重治と石堂清倫」、大塚博(掲載当時:跡見学園女子大学教授)氏による「中野重治の郷里認識と「縦の線」」と題する論考が掲載されている。中野重治と長らく交流のあった人物として、評論家・社会思想研究家・社会運動家の石堂清倫(1904年~2001年)が取り上げられているが、石川県松任町(現・白山市)生まれで、金沢の第四高等学校、東京帝国大学文学部英文科に進み、東京帝大新人会で共に活動した関係。大塚博 氏の論考では「中野重治全集」全28巻に収録された2,724点の小説・文章の中から、「福井」「丸岡」「高椋」「一本田」の言葉が出てくる文章を128点と確認していて、その作業には驚いた。

目次
ごあいさつ

第一章 中野重治と故郷
私の故郷
梨の花
福井中学としての記憶
歌のわかれ
同郷のよしみ ー 福井ゆかりのひとたちと ー
たれか故郷を思わざる
日本海の美しさ
ふる里を想う

第二章 文学者中野重治の軌跡
文学者としての出発
転向
戦中
敗戦後
1950年代以降
日記
暮らし
遺言

寄稿
野の少年期から過激な青春の現場へ  定 道明
落第生小説としての「歌のわかれ」 ー中野作品への註釈について ー  丸山珪一
中野重治と石堂清倫  鶴見太郎
中野重治の郷里認識と「縦の線」
越前の国 昭和農業恐慌 村の家  林 淑美

中野重治略年譜
主要出品資料一覧

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