コラム「メコン仙人だより」(江口久雄さん)第69話「済州海人の移住」

コラム「メコン仙人だより」(江口久雄さん)
第69話 「済州海人の移住」

ところで天津麻羅が安邪(安羅)の街から招かれたのは、アマテラスが岩戸にこもっているときでした。記紀ではアメノウズメとタヂカラオが協力してアマテラスを岩戸から引き出しています。日本神話では主役は政治的な役割を担っているので、史実につながる人物はむしろ脇役の方でしょう。アメノウズメは後の「天孫降臨」の場面でサルタビコを従え、韓国に向かって位置する筑紫国に到達するのですが、「天孫降臨」説話は、実は済州海人の移住という史実を土台にしたフィクションではないかと思われます。

帥升の王統を滅ぼした倭人の反乱は、『古事記』では「豊葦原の瑞穂の国はいたくさやぎてありなり」と記されています。『梁書』では反乱が起こった時期を光和年間(178~183)とし焦点が絞られています。高天原の神々は倭人の反乱を注視して、人を送って探りを入れてきますが、「天孫降臨」はほとんど唐突に行なわれます。アメノウズメはいきなりサルタビコを従えてしまいますが、サルタビコ(神稲田卑狗)はおそらく壱岐国の王でしょう。壱岐島には、大昔、この島には五万の鬼がいたが百合若大臣に征服されてしまったとの伝承があります。鬼退治といえば有名な桃太郎の話がありますが、韓国の李寧煕は「どんぶらこっこ」の語を耽羅児(トンブラコ)すなわち済州男児と解釈しています。すると桃太郎の原話は済州男児の鬼が島征伐となり、壱岐島の百合若大臣の伝承を合わせれば、はるか昔において済州海人が壱岐島を征服したという消息が見えてきます。

紀元前210年に徐福が東渡したとき、『史記』の記述によれば東の海域は神代でした。壱岐島に鬼が住んでいたのは、この時代のことでしょう。やがて紀元前1世紀の末期にこの海域に海上権力が形成され「任那」と称して漢に使節が送られ、かつてなかった秩序が確立します。任那連合が形成される過程で済州海人による壱岐島の征服が行なわれたのでしょう。以来、済州海人が壱岐国の王となったものと思われます。おそらくは済州海女のボスと思われるアメノウズメに迫られて、本家筋に頭の上がらない壱岐国の王サルタビコは唯々諾々と従うしかなかったのではないでしょうか。

 岩戸隠れは説話ですが、安邪(安羅)と済州島には通交が開けており、北方民族の鮮卑族によく似た済州島の原住民の州胡も韓の地に船を往来させている様子が『後漢書』に見えます。済州海人が安羅人の天津麻羅を招くのは何でもなかったことだったでしょう。ここに突発的な事件が起こります。『後漢書』の鮮卑列伝に、次の記事があります。178年、鮮卑族の国が西方に大発展して人口が膨張し食糧危機に瀕したとき、捕魚の巧みな倭人を捕らえて魚を捕らせようというアイデアが鮮卑王の頭にひらめきました。それで東方の倭人一千余家を捕虜にして遼東に連行したというのです。おそらくは朝鮮半島の古代のルートを南下して洛東江の上流にあった六加耶連合勢力下の倭人の国を襲撃したのでしょう。この事件は六加耶連合を震撼させただけではなく、鮮卑族によく似た州胡と隣り合わせに住んでいる済州海人に恐慌を発生させたのではなかったでしょうか。アメノウズメやタヂカラオなど済州海人は移住の船団を組んで一路壱岐島を目指し、壱岐国王の手引きで反乱の只中にある筑紫国の一角にひとまず落ち着いたのでしょう。そこにアメノオシヒとアマツクメという二人の武将が頭椎(くぶつち)の大刀を下げて配下になります。頭椎(くぶつち)の大刀とは環頭鉄刀のことでしょう。アマツクメはアマツマラ(天津麻羅)と同じ構成の名前ですから、タミル系かもしれません。タミル語にはクマイ(破壊)という語があります。鍛冶屋のマラル(環頭)に対する武将のクマイ(破壊)ですね。

さて倭人の反乱は、平和条約の生きた象徴ともいうべき卑弥呼の即位によって鎮まります。その前後、アメノウズメはサルタビコと共に伊勢国に移住します。伊勢湾の海女はこのときに始まるものでしょう。また信州に伝わる伝承ではタヂカラオは筑紫国に移住した後、紀ノ国へ行き、さらに信濃国に移ったとされています。済州海人が178年より遅れて180年前後に壱岐島を経て筑紫国に至り、さらに紀ノ国・伊勢国に移住したという史実が見えてきませんか。

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