ふくい日曜エッセー「時の風」第1回 「からだだわるな」(2020年1月5日 福井新聞掲載)

ふくい日曜エッセー「時の風」(2020年1月5日 福井新聞掲載)
第1回 「からだだわるな」 現代人に響く、曙覧の遺訓

新しい年を迎え、県内の寺社は、数多くの初詣の参拝客で賑わい、また多くの方が、気分も新たに新年の誓いをたてたことと思う。仕事で1年のほぼ半年はアジア各地に出張している東京在住の私ではあるが、ほぼ毎月、いろんな用事でふるさと福井に帰省はしているものの、年末年始のタイミングでの帰省は難しく、ふるさと福井での初詣は長年行くことができていない。

『さがしてみよう 日本のかたち 神社』(山と渓谷社)という本の著者、桑子敏雄・東京工業大学大学院教授が、「学生たちに、帰省したとき自分の町を歩き風景を眺めながら自分の家にいちばん近い神社とお寺を訪ね、その由緒や縁起を踏まえてその風景の中に自分の身をおいて何を感じたかを表現するという課題を出しつづけている」と同書まえがきで述べていたが、私の実家にいちばん近い神社は、鯖江市中野町の中野神社。

鯖江市・越前市にまたがる三里山の東麓には越前国の中央に位置する国中神社(今立地区)が歴史もあり有名であるが、わが中野神社はこの三里山の北麓にある。元は稲荷神社(花出村)と称しその創立年代など歴史は詳しくわかっていないが、明治末期、樋口白山神社など中野郷の諸社を合祀し改称したとのこと。

約20年前に、この実家にいちばん近い神社に初詣で参拝し拝殿に上がったことがあり、この時、中野神社の拝殿に掲げてあった『うそ言ふな ものほしがるな からだだわるな』の書の存在に初めて気づき驚いた覚えがある。ご存知の方も少なくないだろうが、これは福井出身の幕末の歌人、橘 曙(たちばなの・あけみ)の遺訓だ。1994年6月、平成の天皇・皇后両陛下が国賓として訪米された時、ホワイトハウスの歓迎式典で、当時のクリントン米大統領が橘 曙の『独楽吟』のなかの一首を引用紹介し、一挙に注目を浴びた人物だ。クリントン元大統領に紹介された一首「たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時」は私も特に好きな歌だが、「たのしみは」で始まる『独楽吟』のどの歌も素直に共感できるものばかりだ。

橘 曙覧を愛し研究されてこられた方々のおかげで、橘 曙覧がどのような生涯を送りどのような歌を詠みどのような心の在り方であったかを知る機会が、その時以前でも随分増えていたように思うが、自分の実家に一番近い神社という、本当に身近なところにも橘 曙の存在があったことを、その時まで全く気づいてこなかった。橘 曙覧の歌や生き方は、自分や自分をとりまく日常生活の中に喜びや生きがいを見出す豊かな心や感性の大切さに気づかせてくれるが、同じように自分の身近な地域にも気づかなかったり見失ってきたりした大切なものが、きっとまだまだたくさんあることであろう。

橘 曙の遺訓は、橘家の子孫のみならず現代の人にも広く通用する。自分自身では、うそはあまりつくのが苦手で、モノも欲しがらない方だと思うが、「だわもん(怠け者)」とは幼少の時から今に至るまで家族や近親者から言われ続けている私にとって、遺訓の最後の言葉「からだ だわるな」は、なかなかこたえる言葉で、この初詣の時以来、私の新年の誓いは、ずっと「からだ だわるな」一本で徹してきている。しかし福井の方言で「だわるな」(怠けるな)と表現されると、いつも、ふるさとから、見守られていて声をかけてもらっている温かみを感じる。橘 曙の人と精神のみならず、こうした方言のような福井らしさも広く福井で愛され広く県外にも伝わって欲しいものだ。

また、是非、県外に出られている県出身の方々の帰省の折の課題だけでなく、県内在住の方々も、一度、自分の町を歩き風景を眺めながら自分の家にいちばん近い神社とお寺を訪ね、その由緒や縁起を踏まえてその風景の中に自分の身をおいて何を感じるかを表現してみられてはいかがであろうか?更に、今年の誓いが決め切っていない方がおられたら、福井の先人の遺訓の「からだ だわるな」は福井人にとってお薦めと思うが。

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