北陸ゆかりの人物評伝・伝記小説 第5回 「天才と狂人の間」(杉森 久英 著)


「天才と狂人の間」(杉森 久英 著、角川文庫<角川書店>、1969年7月発行)
*「天才と狂人の間」(単行本)(杉森 久英 著、河出書房新社、1962年1月発行)

<著者略歴>杉森 久英(すぎもり・ひさひで>(1912年~*1997年)
明治45年(1912)石川県七尾市に生まれる。昭和9年(1934)東大国文科卒業。埼玉県立熊谷中学校教諭、中央公論社等を経、戦後河出書房に入社、雑誌「文芸」編集長を務める。昭和28年(1953)、同社を退いて文筆生活に入り、昭和37年(1962)、「天才と狂人の間」で第47回直木賞を受賞、以後ユーモア小説、伝記小説を主として執筆。代表作に代表作に、後藤新平を描いた『大風呂敷』、伊藤博文を描いた『明治の宰相』『天皇の料理番』『近衛文麿』『明治天皇』など。

本書は、石川県七尾市生まれ、金沢市育ちの伝記文学の第一人者・杉森久英(1912年~1997年)による直木賞受賞作で、自分を天才と信じこんだ石川県石川郡美川町(現・白山市)生まれ、金沢市育ちの島田清次郎(1899年~1930年)の狂気にも似た生涯を克明に描いた伝記小説。島田清次郎は、20歳で1919年(大正8年)6月に新潮社から刊行された処女長編小説『地上 第1部 地に潜むもの』によってデビユーし、空前の大ベストセラーとなり、いちやく文壇の流行児となり文学青年たちのカリスマとなりながら、その傲岸不遜な言動が文壇で疎まれるようになり、一方ではスキャンダルを起こし一般的な人気も急落し、原稿が出版されることはなくなり、わずか数年で没落し、放浪の果てに早発性痴呆(現在の統合失調症)と診断され25歳で精神病院に収容され、入院中に肺結核のため享年31歳で死去した人物。杉森久英による伝記小説「天才と狂人の間」は、昭和35年(1960)11月から昭和36年(1961)7月まで、1959年12月より創刊されたばかりの総合雑誌「自由」(自由社)に隔月連載され、単行本「天才と狂人の間」(杉森 久英 著)は、1962年1月、河出書房新社より刊行。昭和37年(1962)上半期の第47回直木賞を受賞する。

島田清次郎(しまだ・せいじろう)(1899年~1930年)は、1899年(明治32年)2月26日、石川県石川郡美川町(現・白山市)に、回漕業を営む父常吉(1871年~1901年)、母みつの長男(一人っ子)として生まれる。母みつの実家(西野家)は、石川県笠間村字小川(現・石川県白山市小川町)の庄屋格の豪農の出。清次郎が2歳になる前の1901年1月に、父・常吉を海難事故で亡くし(享年29歳)、母親みつは、幼い清次郎を連れて実家へ帰ったが、1904年(明治37年)、5歳の清次郎を連れて、母方の祖父・西野八郎が金沢の西廓で営む貸座敷「吉米楼」の2階の一室に移り住む。幼いころから清次郎は秀才の誉れ高く、金沢の野町尋常小学校を首席で卒業し、石川県立金沢第二中学校に進学。祖父が米相場で失敗し、母子の生活も窮迫したこともあり、清次郎が13歳の1912年(明治45年)、金沢の中学を1年で中退し、篤志家の援助で、東京・白金の明治学院普通部2年に転入。

母親みつも、この篤志家の世話で上京し、その紹介で浅草の鼻緒職人のもとへ再婚。しかし、清次郎は、篤志家の実業家と衝突し1年半後に一人で金沢に戻り、既に祖父の店は没落していたので、叔父の世話で元の県立金沢第二中学に復学するも、経済的負担に耐えられなくなり一刻も早く清次郎を自立させようとする叔父の勧めで1年で中学を退学し、県立金沢商業学校に転校。商業学校での勉強には身が入らず、停学や落第、退学となる。16歳の1915年(大正4年)以降、職を転々としながら原稿を書く生活を続け、一旦は文学をやるからには東京に出なければと考え、上京後、浅草の母の再婚先に頼ることになるが、書き上げた作品がどこにも相手にされず、焦燥し絶望した清次郎は自殺を図り、この事件の為に母は夫と別れ、清次郎と共に、大正5年(1916年)春、母子2人で金沢に戻ることになる。この清次郎17歳の1916年(大正5年)から18歳の1917年(大正6年)にかけては特に母子の生活は特に極貧で、金沢の町外れの貧民窟の鶏小屋を改造した借家で、母は針仕事で生活を支えた。

こうした悲惨な生活の中、清次郎は、1918年(大正7年)19歳で『地上』を執筆。石川県七尾町の鹿島郡訳書書紀補や、京都での中外日報社員を経て、1919年(大正8年)上京し、同年、処女長篇『地上』を新潮社から出版。20歳で小説家デビューし、空前の大ベストセラーとなり、一躍文学青年たちのカリスマとなり、時代の寵児となる。が、その傲慢不遜な言動が文壇で疎まれるようになり、一方では、1923年(大正12年)4月、海軍少将の令嬢を婦女誘拐・監禁凌辱・強盗のかどで告訴された「島清事件」スキャンダルを起こし一般的な人気も急落。放浪の果てに1924年(大正13年)7月末、25歳で精神分裂病で東京・巣鴨の私立精神病院に入院し、1930年(昭和5年)入院のまま、肺結核により死亡(享年31歳)。

この彗星のごとくに若干20歳で刊行した自伝的小説「地上」で一躍、時代の寵児となり天才作家として一世を風靡したものの、尊大な態度やスキャンダルによって凋落し精神を病んで31歳の若さで亡くなり、世間から忘れ去れていた作家・島田清次郎を、本書の著者・杉森久英は、発掘し、島田清次郎没後30年に、膨大な資料や、現存する島田清次郎ゆかりの人との絶え間ないインタビューなどから、島田清次郎の生涯を浮かびあがらせている。特に、頻繁に引用されている島田清次郎の日記の中の文章は非常に赤裸々な内容も多く、島田清次郎を生々しく再現しているが、その本人の日記という資料の存在が気になるところ。本書文庫版のカバーでは、本書については、”大正8年(1919年)夏、「地上」と題された書きおろし長編小説が刊行されるや、空前の大ベストセラーとなった。著者は島田清次郎、いまだ20歳の青年だった。ー 北陸の没落した家に生まれ、苦労の末一躍出版界の寵児となりながら、生来の狂的素養と虚名への幻惑にその青春を押しつぶされていった清次郎の悲劇を克明に浮彫りした伝記小説”と紹介している。文庫版解説では、”杉森氏は、なぜ文豪でもなかれば大家でもない島田清次郎に興味をもったかについては、一つは、作者が島田と同県人(石川県)であること、一つは、杉森氏も、島田と同じように、没落した家に生まれたという共通性から関心をもったと述べている”と紹介されている。

本書の構成は初出発表の連載にあわせ、時系列的に5章に分かれている。第1章は、1899年(明治32年)の島田清次郎の生い立ちから、1919年(大正8年)7月の「地上」刊行が決まるまでの期間。第1章の最初の書き出しは、”島田清次郎が自分自身を天才だと信ずるようになったのは、彼があまりにも貧しくて、父親もなく、家もない身の上だったからにちがいない。彼は金沢の町はずれの小家の二階に間借りして、仕立て物の賃仕事をする母親と二人きりで暮らしているうちに、どうしても自分は世間に名を挙げねばならぬと決心した。彼がもし、生まれながらの貧者だったならば、そのような考えを起こさなかったかもしれない。彼の生家は、金沢から四里南方の日本海岸に面した美川という港で回漕業をしていたが、彼が生まれた翌年の明治33年、父親の常吉が死んで、まもなく没落した。・・・”という文章で始まっている。尚、1899年(明治32年)2月26日。回漕業を営む父親の常吉が本書では清次郎が生まれた翌年の明治33年に死んだ、と書かれているが、実際は1901年(明治34年)1月30日二海難事故で死去。この第1章は、自伝的小説「地上」のベースとなる少年・青年期の話で、少年時代は、哀れな身の上ではあったが、祖父の吉米楼の経営が苦しくなるまではそれほど暗いものではなかったと記しているが、少年期から、島田清次郎が傲然として人を近づけぬ態度をとったのは、一つには彼が遊郭に住んでいることを恥じて人に弱みを見られたくないと思ったためで、傲慢のもう一つの理由は、彼の家柄に対する誇りからきていて、元は相当の家の出で、今の地位は不当の物で、本来の自分はもっと社会の上層にいるはずである、と著者は見立てている。

「清次郎よ、汝は帝王者である。全世界は汝の前に慴伏するであろう!」「人類の征服者、島田清次郎を見よ!」このような誇大な文字をノートに書き付けることを常としたという、まさに、「地上 – 地に潜むもの」の主人公の青年・大河平一郎らしい少年・青年期の第1章の後は、本書第2章は、1919年7月「地上」刊行から始まり、世間からの絶賛、大反響を受け空前のベストセラーとなり、時代の寵児として、いきなり絶頂期を迎えていく。「地上」刊行に至る過程では、松任町の北安田(現・石川県白山市北安田)生まれの宗教家・暁烏敏(1877年~1954年)や、福井県敦賀市出身で京都で宗教専門紙「中外日報」創刊者で社主の真渓涙骨(1869年~1956年)、更には鳥取県日野町出身で明治から昭和の初めにかけて活躍した評論家・文人の生田長江(1882年~1936年)が、島田清次郎の青年期の人生を大きく変えてくれる恩人とも言うべき人物。1919年7月の文壇デビューから1923年4月の「島清事件」スキャンダルまでのわずか4年の短期間で、一躍、時代の寵児となり天才作家として一世を風靡したものの、尊大な態度やスキャンダルによって凋落していく様が、本書第2章から第4章に克明に綴られている。文壇登場後、東京で名だたる人たちとの交流が始まっているが、1922年4月からの半年の洋行では、ロンドンで1921年に結成されたばかりのペン・クラブの日本人初の会員に推薦されてもいる。この半年の洋行期間に、翁久允、早川雪洲、藤原義江、小松清など、当時、早くに海外に渡っていた日本人たちとの欧米でのエピソードの話が面白い。世の中からもてはやされる一方で、島田清次郎の傲慢不遜な言動が文壇で疎まれるようになるが、その嫌われ方も詳細に紹介されている。

一般的な人気も急落する島田清次郎最大のスキャンダルが、1923年(大正12年)4月、海軍少将の令嬢を婦女誘拐・監禁凌辱・強盗のかどで告訴された「島清事件」。本書最終章の第5章は、この「島清事件」のその後の顛末も含め経緯を詳述している。本書では、数多くの実在の人物が実名で登場するが、島田清次郎の数々の女性関係での醜聞については、関係者が仮名となっていて、この事件についても同様で、本書で仮名で描かれる砂木良枝は、海軍少将・舟木錬太郎の令嬢・舟木芳江がモデル。本書第5章の中では、”この事件のあった大正12年(1923年)から30何年もたって、人々が島田清次郎の名も砂木良枝(仮名)の名も忘れてしまったころ、この事件とその主人公島田清次郎に季節おくれの興味を持った一人の男が、東京都内のある所にひっそりと暮らしている砂木良枝(仮名)を捜し当てて、だしぬけに訪問して驚かせたことがあった。”とし、島清事件の当事者の話を掲載している。また、島田清次郎の内縁の妻となる山形県大山町(現・鶴岡市)出身の素封家の子女で鶴岡高等女学校卒業生は、本書では小村豊子の仮名となっているが、モデルは小林豊。山形県鶴岡近くの湯田川温泉でのシーンをはじめ、その後の結婚生活での家庭内暴力などは酷く、島田清次郎の膨満不遜な言動とか、非常識や無作法どころか、犯罪的な暴力ではないかと思える場面もあり、二人の女性とも作品「地上」の熱烈なファンの文学少女で、二人の女性とも悲しませ不幸に陥れたのは間違いないだろう。

家族・親族をはじめ、生まれ育った石川県での幼少期・青年期に関わった人たち以外にも、31年の短い島田清次郎の生涯に、北陸ゆかりの人物とのいろんな関わりが本書に紹介されている点も見逃せない。石川県松任町の北安田(現・白山市北安田)生まれの宗教家・暁烏敏(1877年~1954年)、石川県能美郡湊村(現・白山市湊町)の素封家出身の実業家で「呉竹文庫」創設者・熊田源太郎(1886年~1935年)、金沢商業時代の同人雑誌仲間で、金石の醤油醸造業兼肥料問屋の息子の橋場忠三郎、福井県敦賀市出身で京都で宗教専門紙「中外日報」創刊者で社主の真渓涙骨(1869年~1956年)など。本書著者の杉森久英も能登・七尾出身だが、金沢市出身の詩人・小説家の室生犀星(1889年~1962年)、金沢出身の小説家・徳田秋声(1872年~1943年)、石川県羽咋郡出身の小説家・評論家で博文館の「文章世界」編集長の加能作次郎(1885年~1941年)等、同郷の石川県出身の作家たちも登場。他にも、サンフランシスコで出会う富山県出身の富山県出身の作家・ジャーナリストの翁久允(1888年~1973年)がいたり、砂木良枝(仮名)の父は、旧加賀藩出身の海軍少将・舟木錬太郎がモデル。また、明治後半から昭和にかけての皇位僭称者で蘆原将軍、蘆原天皇、という名で知られた巣鴨保養院の入院患者の蘆原金次郎(1850年~1937年)とのエピソードは怪しい話だが、この人物も高岡か金沢出身らしい。

処女作以来、島田清次郎の家に出入りし「青葉城主」の口述筆記もしたことがあり、後の石川県会議員となった北川重吉、島田清次郎の金沢商業時代の同級生の遊び友達で東京で加能作次郎の家に寄宿していた貫伝松、金沢市出身の石川県選出代議士、箸本太吉(1892年~1961年)の名前も本書に登場していて気になる人物。野町小学校の1級下で金沢二中でも後輩で家が近所で幼い時から遊んだ相手の林正義は、のちに新聞記者になり、「地上 第1部 地に潜むもの」のヒロインの吉倉和歌子の妹にあたる女性と結婚しているが、『北国文化』1950年7月号で「”島清”と青春」という文章を依頼されて寄稿している。この「地上 第1部 地に潜むもの」のヒロインの女性、吉倉和歌子は、本書でも本名は出ていないが、モデルは赤倉和嘉代。本書では、吉倉和歌子の父(モデルは赤倉三郎)については、”伊藤博文の側近の一人で、朝鮮で知事をしていたが、伊藤博文が暗殺された後、後任の寺内元帥と合わず、引退して故郷金沢へ帰任していた。和歌子は長女で、弟妹と一緒に父につれられて金沢へ帰ったが、父は実業界に転身して、そのころ大戦景気で銅山王と呼ばれた前田藩の家老の一族の横山家の経営する尾小屋鉱山に、顧問格で勤務することになった。尾小屋は石川県の南端にあるので、父親は単身赴任し、和歌子は母のない家庭の主婦格で弟妹の面倒を見ていた。”と書かれている。「地上 第1部 地に潜むもの」を読んだ事のある人なら、考えてしまうかもしれないが、島田清次郎が、この「地上 第1部 地に潜むもの」のヒロイン、吉倉和歌子こと、赤倉和嘉代と結ばれていたら、また島田清次郎は違った生涯を歩んだのだろか、それとも、赤倉和嘉代も島田清次郎に苦しめられ不幸に陥ることになってしまっていたのだろか?

<「天才と狂人の間」主な登場人物>
・島田清次郎(1899年~1930年)
・島田常吉(清次郎の実父、美川町で回漕業に従事)
・みつ(清次郎の実母、旧姓・西野、石川郡笠島村字小川の十村を務めた旧家出身)
・西野八郎(清次郎の母方の祖父)
・米吉(松任町の芸者)
・東京の実業家(清次郎を金沢二中から退学させ、東京高輪の自邸に引き取り、芝白金の明治学院普通部の2年に転入してくれた男性)
・元田(富山県生まれの浅草の鼻緒職人で、清次郎の母みつの再縁の夫)
・西野八次(清次郎の伯父で、母みつの弟。母の実家・西野家の相続人)
・暁烏敏(1877年~1954年、松任町の北安田(現・白山市北安田)生まれの宗教家)
・熊田源太郎(1886年~1935年、能美郡湊村(現・白山市湊町)の素封家出身の実業家、「呉竹文庫」創設者)
・森下勇馬(金沢商業の校長。土佐生まれの官僚的な人物)
・室生犀星(1889年~1962年、金沢市出身の詩人・小説家)
・尾山篤二郎(1889年~1963年、金沢市出身の国文学者・詩人)
・橋場忠三郎(金沢商業時代の同人雑誌仲間で、金石の醤油醸造業兼肥料問屋の息子)
・真渓涙骨(1869年~1956年、福井県敦賀市出身で京都で宗教専門紙「中外日報」創刊者で社主)
・伊藤証信(1876年~1963年、三重県出身の仏教思想家・社会運動家。一時期、中外日報の主筆)
・西出朝風(1885年~1943年、石川県大聖寺出身の口語歌人。一時期、北国新聞社で歌壇の選者)
・大熊信行(1893年~1977年、山形県米沢市出身の経済学者・文芸評論家・歌人。島田清次郎と文通仲間)
・町田トシコ(1896年~1978年、長崎県出身の詩人。一時期、中外日報の婦人記者)
・生田長江(1882年~1936年、鳥取県日野町出身、明治から昭和の初めにかけて活躍した評論家・文人)
・佐藤春夫(1892年~1964年、和歌山県新宮出身の詩人・小説家。生田長江に師事。『田園の憂鬱』や『都会の憂鬱』など)
・佐藤義亮(1878年~1951年、秋田県角館町出身、新潮社の創立者・社長)
・堺利彦(1871年~1933年、豊前(福岡県)出身の社会主義者・思想家)
・長谷川如是閑(1875年~1969年、東京深川生まれの評論家)
・徳富蘇峰(1863年~1957年、肥後国生まれのジャーナリスト・思想家・歴史家・評論家)
・久米正雄(1891年~1952年、長野県上田市出身の小説家・劇作家・俳人)
・堺真柄(近藤真柄)(1903年~1983年、堺利彦の長女。大正・昭和期の社会運動家)
・門田武雄(鹿児島出身で東大法科学生。東大新人会)
・新明正道(1898年~1984年。台北市(原籍・金沢市)生れの社会学者)
・吉野作造(1878年~1933年、宮城県出身の政治学者、大正デモクラシーの父)
・赤松克麿(1894年~1955年、山口県出身の大正・昭和時代の社会主義運動家、東大新人会結成。師の吉野作造の娘と結婚)
・「地上」に吉倉和歌子という名で描かれた少女(モデルとなった女性は、赤倉和嘉代)
・暁烏敏の夫人
・林正義(野町小学校の1級下で金沢二中でも後輩で家が近所で幼い時から遊んだ相手)
・幼馴染みの恋人であった芸者里葉(「地上」では冬子のモデル)
・加能作次郎(1885年~1941年、石川県羽咋郡出身の小説家・評論家。博文館の「文章世界」編集長)
・中根駒十郎(1882年~1964年、愛知県出身、新潮社の支配人)
・東京・白山の馴染みの芸者ぽんたととよ子
・山中温泉芸者〆子
・かね子(富山県の小川温泉での女性)
・音羽(山中温泉の芸者)
・岩野泡鳴(1873年~1920年、兵庫県洲本出身、小説家・詩人)
・中村武羅夫(1886年~1949年、北海道岩見沢出身の編集者・小説家・評論家、雑誌「新潮」の編集長)
・佐々木茂索(1894年~1966年、京都府出身の小説家・編集者・実業家、文藝春秋新社社長)
・石川県の山中署の巡査
・生田春月(1892年~1930年、鳥取県米子出身の詩人、生田長江の書生。播磨灘で投身自殺)
・三島章道(1897年~1965年、本名・三島通陽。東京都生まれの政治家・小説家・劇作家・演劇評論家)
・小村豊子(島田清次郎の内縁の妻。山形県大山町(現・鶴岡市)出身の鶴岡高等女学校卒業生。モデルは小林豊)
・小村玉代(豊子の4つ上の姉。土地の女学校卒業後、東京の共立女子職業学校に通う)
・小村ちえ(末娘の豊子を含む二男二女の母で未亡人)
・小村良太郎(小村豊子の長兄)
・小村豊子の次兄(東京・越中島の高等商船を卒業後、日本郵船に機関士として勤務)
・北川重吉(処女作以来、島田清次郎の家に出入りし、「青葉城主」の口述筆記もしたことがあり、後の石川県会議員)
・ニューヨーク総領事の林田森男夫人(仮名)
・岡繁樹(1878年~1959年、高知県出身の社会主義者、ジャーナリスト。1902年渡米し平民社サンフランシスコ支部創設)
・翁久允(1888年~1973年、富山県出身の作家・ジャーナリスト、日米新聞の支社長、1907年渡米し1924年帰国)
・早川雪洲(1886年~1973年、千葉県出身。1907年単身渡米、1913年ハリウッドで映画デビュー)
・カルビン・クーリッジ(1872年~1933年、第30代アメリカ大統領)
・貫伝松(島田清次郎の金沢商業時代の同級生で遊び友達。東京で加能作次郎の家に寄宿)
・藤原義江(1898年~1976年、男性オペラ歌手)
・小松清(1900年~1962年、神戸出身、フランス文学者・文学評論家)
・駒井権之助(1874年~1956年、ロンドン在住の詩人)
・ジョン・ゴールズワージー(1867年~1933年、イギリスの小説家・劇作家、国際ペンクラブ初代会長、ノーベル文学賞受賞)
・島田清次郎と内縁の妻・豊子との間の子(小林豊が生んだ子で、成長して早稲田大学理工科に学ぶが、1945年8月15日死亡)
・砂木良枝(仮名、令嬢誘拐事件の当事者。舟木芳江がモデル)
・砂木鑑太郎(良枝の父、旧加賀藩出身の海軍少将。海軍少将・舟木錬太郎がモデル)
・砂木茂男(良枝の長兄で早稲田大学出身の作家。作家の舟木重雄がモデル)
・砂木茂臣(良枝の次兄で早稲田大学でドイツ語を教授の作家。小説家・早稲田大学文学部教授の舟木重信がモデル)
・小川兼子(砂木良枝の友達で、政友会領袖小川平吉の娘)
・葉山署の小宮山、宮沢両巡査
・矢代亀広(1889年~1952年、矢代東村。千葉県出身の歌人・弁護士で島田清次郎と交友関係あり)
・鮫島医師(砂木家の親戚)
・徳田秋声(1872年~1943年、金沢出身の小説家)
・鳥越実士(徳田秋声の友人で法律に詳しい)
・大井静雄(有名な民事の大家・花井卓蔵の懐刀といわれる若手で俊敏な弁護士)
・塩野次席検事(検事局)
・広津和郎(1891年~1968年、東京出身の小説家・文藝評論家・翻訳家。砂木茂男の親友)
・波多野秋子(1894年~1923年、「婦人公論」記者。有島武郎の愛人で心中相手)
・地元の北国新聞の記者
・中山乙次郞(鹿島郡役所に勤めていたころの島田清次郎の上司)
・菊池寛(1888年~1948年、高松出身の小説家・劇作家・ジャーナリスト、文藝春秋社創業)
・箸本太吉(1892年~1961年、金沢市出身、石川県選出代議士)
・安田常男(金沢出身の陸軍軍医学校生徒)
・蘆原金次郎(1850年~1937年、明治後半から昭和にかけての皇位僭称者、蘆原将軍、蘆原天皇、という名で知られた巣鴨保養院の入院患者)

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    石川県立歴史博物館 令和8年度春季特別展「鷹と加賀前田家」(2026年4月25日~2026年6月7日)@石川県立歴史博物館(石川県金沢市)
  2. 2026/1/21

    石川近代文学館 出張展示「文学に描かれた いしかわ」(2026年3月3日~2026年3月10日)@石川県政記念しいのき迎賓館(石川県金沢市)
  3. 2025/12/23

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