北陸を舞台とする小説 第13回 「くるい咲き 越前狂乱」(大塚 卓嗣 著)

「くるい咲き 越前狂乱」(大塚 卓嗣 著、光文社、2018年2月発行)

<著者紹介>大塚 卓嗣(おおつか・たくじ)(本書掲載著者紹介より・発行当時)
1974年、東京都生まれ。2012年、第18回歴史群像大賞に佳作入選。2013年、『天を裂く  水野勝成放浪記』でデビュー。後に『天衝  水野勝成伝』(光文社文庫)と改題して刊行。それまで注目されていなかった猛将・水野勝成に光を当て、勝成ブームを巻き起こす。同著が「この時代小説がすごい!2014年版」にランクイン。他作品に『宮本伊織』『鬼手 小早川秀秋伝』がある。

本書の著者・大塚 卓嗣氏は、2013年、『天を裂く  水野勝成放浪記』でデビュー。後に『天衝  水野勝成伝』(光文社文庫)と改題して刊行。それまで注目されていなかった戦国武将個人戦力最強と見られる強烈な個性の猛将・水野勝成(1564年~1651年)に光を当て、水野勝成ブームを巻き起こした時代小説作家。2018年2月に書き下ろし作品として発表された本書『くるい咲き 越前狂乱』は、同じように、それまであまり注目されてこなくて知名度は高くないが、武勇に優れているうえに血気盛んで型破りで圧倒的に強烈な個性の戦国武将・富田長繁(1551年~1574年2月18日)に光を当てた歴史時代小説。水野勝成は、誰にも止められない暴馬の意味を持つ「倫魁不羈」とも記されたが、富田長繁は「越前の狂犬」と呼ばれる戦国武将。

富田長繁は、越前国南仲条郡(後に南条郡、現・福井県越前市一部と南越前町)に所領を持つ国衆・富田家の一族の長で、朝倉に仕えて代は浅いが、当初、朝倉義景(1533~1573年8月20日)に仕える武将で、元亀元年(1570)4月、20歳頃に織田信長の越前侵攻に対し出陣したのが初出。元亀3年(1572)7月、織田軍が再び小谷城を包囲しよと虎御前山の砦などを整備し始め、近江国小谷で織田軍と朝倉軍が睨み合っている最中、越前朝倉氏の家臣・前波吉継(1524~1574年1月19日)の織田方への寝返りに遅れること数日、毛屋猪介らと共に織田軍の陣に出奔。天正元年(1573)8月に朝倉氏が滅ぼされると、桂田長俊(前波吉継改め)が織田信長より越前守護代に任じられ、朝倉氏に代わり越前のトップとして一乗谷に居住し、一方、富田長繁は府中領主(現・福井県越前市)に任ぜられ、以後は龍門寺城(現・福井県越前市)に居住。富田長繁は朝倉・浅井滅亡の1か月後の天正元年(1573)9月末から10月末にかけての北伊勢の伊勢長島(現・三重県桑名市)での第二次長島一向一揆戦に織田方に従軍。織田軍は本拠の長島砦に侵攻できず美濃の大垣城に帰陣撤退中、多芸山(養老山、現・岐阜県)の麓で長島一向衆の奇襲にも遭うが、富田長繁の与力・毛屋猪介の奮戦など戦功を挙げる。

しかし、同じく朝倉氏旧臣でありながら織田家への寝返り時期もわずかしか違わず越前国守護代に任じられた桂田長俊との織田家中における待遇の差に不満を持ち、また桂田長俊も織田信長に「富田長繁や与力の毛屋猪介・増井甚内助の知行が過分である」「富田長繁を府中(現・福井県越前市旧武生)に住まわせることは無益」などと訴えたため、両者の仲は険悪で対立を深めていく。天正2年(1574)1月18日に、富田長繁は桂田長俊の苛政に苦しむ民を扇動して大規模な土一揆を起こし、1月19日には何万人にも膨れ上がった一揆勢を自ら大将として率い、南北から桂田長俊が居住する一乗谷を攻め落とし桂田長俊を殺害し翌日には、一乗谷から東の三万谷(現・福井市三万谷町)に逃げていた桂田長俊の妻子一族郎党を捕縛し殺害。富田長繁の集めた一揆は勢い止まず、勢いに乗じて、そのまま北ノ庄へ突撃し、織田信長の遣わした3名の代官(木下祐久・津田元嘉・三沢秀次)が詰め織田方の兵も厳守していた北ノ庄の旧朝倉土佐守(朝倉景行・北庄土佐守)館も襲撃するが、この騒乱は、朝倉氏旧臣の安居(朝倉)景健が説得仲介し和議が成立し、3奉行は命は取られず京に逃げ帰り、富田長繁の与力の毛屋猪介が北ノ庄の館を守備する。

天正2年(1574)1月24日には、朝倉氏旧臣の魚住景固とその次男彦四郎を、富田長繁の居城の府中・龍門寺城に招き、その席で両名を斬殺、翌1月25日には、丹生を知行としていた魚住氏の居城・鳥羽野城(現・福井県鯖江市)に攻め込み魚住一族を滅ぼす。こうして朝倉滅亡後の越前を、守護代桂田長俊を一乗谷に滅ぼし、織田信長の北ノ庄の代官を追放し、朝倉氏旧臣の魚住氏を滅ぼすなど、富田長繁は、数日のうちに、府中(現・福井県越前市)を居城のまま越前を一時的に支配下に治めるが、富田長繁は次第に一揆衆とも対立。一揆衆は加賀一向宗と結びついて、10万を越える越前一向一揆に発展し、越前を短期間で一時的に支配し始めていた富田長繁を討つべく越前各地で決起。

天正2年(1574)2月13日には北ノ庄(現・福井市)の旧朝倉土佐守館の毛屋猪介、片山真光寺(現・福井市片山町)の増井甚内助と、富田長繁の有力与力たちが、一向一揆の大勢に襲撃殺害され、翌2月14日には府中の富田長繁も、14万もの大勢の一揆勢に四方から包囲され始め窮地に立たされるが、2月16日早朝には、富田長繁は7百人余の軍勢で、府中に日野川を挟んで最も近い位置に布陣していた帆山河原(現・福井県越前市帆山)の一揆勢2万を日野川を渡河強襲。帆山河原の一揆勢を打ち破った挙句潰走する敵を2、3里に渡って執拗に追撃し、2千~3千人余りの首を得て府中へと戻る。この戦勝で、府中の町衆や本願寺と対立する浄土真宗三門徒派を味方につけ、2月17日には北之庄城の奪取を目指し府中より出陣し北上して鯖江を抜き一気に浅水まで進出し南下の一揆勢と激突するが、ここでも富田長繁は勝利を収める。

一旦南に引き返し、2月17日夕刻にこれまで合戦を傍観していた安居景健、朝倉景胤の寄る長泉寺山(現・福井県鯖江市長泉寺)の砦にも攻撃。一定の戦果は挙げたものの攻めきれず、夜には一度は兵を引き、翌2月18日早朝には再度突撃を下知。しかし、休む間もなく無理な戦を仕掛ける富田長繁に対し不満を抱く者が出始め、ついには、1574年2月18日早朝、朝倉氏滅亡後、富田長繁の与力であった朝倉氏旧臣の小林吉隆に味方の陣の後方から鉄で撃たれ首を取られ、長泉寺(現・福井県鯖江市)にて24歳の若さで生涯を閉じる。その首は2月19日に一揆軍の司令官の一人である杉浦玄任の金津の陣に届き、竜沢寺(現・福井県あわら市)で首実検が行われた

まず、本書の構成のユニークな点は、この越前狂乱を引き起こし短期間で一時的には越前の支配者と成りあがった若き武将・富田長繁に光を当てながら、物語は、最終的に富田長繁の与力を務め富田長繁側にいながら、膨大な数の一向一揆勢に対し奇跡的な勝利を続け勢いを盛り返していた富田長繁を、陣の背後から鉄砲で撃ち首を取った朝倉氏旧臣の小林三郎次郎吉隆の視点から、最初から最後まで語られている点。この小林吉隆は、越前朝倉家の奏者番の家で家格は高く、一乗谷の上城戸外に屋敷をもち、知行は越前国今立郡水落村(現・福井県鯖江市水落)を中心に他にも自領を転々と持ち、元亀二年(1571)の父・吉長の病死後、家督を継ぐ。富田長繁と同じ年で、越前狂乱の始まり前夜というべき本書の序章「狂乱前夜」の最初で、元亀元年(1570)6月、三田村合戦(姉川合戦)で織田軍との合戦中、富田長繁に命を救われ、二人が出会うという設定。世の道理を重視する小林吉隆だが、忠に薄く戦好きな富田長繁とは不思議と馬が合い、朝倉氏滅亡の1年前に朝倉氏を見限り織田方に寝返っていた富田長繁の与力を、朝倉氏滅亡後、務める。

本書本編の核心は、朝倉氏滅亡に至る1573年(天正元年)8月の北近江での織田信長の奇襲から刃根坂の戦い、一乗谷炎上、越前国大野郡での朝倉義景の自刃までの第1章から、富田長繁が長泉寺山(現・福井県鯖江市)で亡くなる1574年(天正2年)2月までの、わずか7か月という非常に短い期間に越前国で繰り広げられた狂乱の様子と、その中心的人物の富田長繁の短い生涯となるが、本書の構成の更に秀逸な点は、1574年2月以降の経歴が良くわからない小林吉隆を、足利義昭を庇護していた毛利家への働きかけによる朝倉景忠を朝倉氏家督に据えての朝倉家再興計画や、かつて朝倉家が所有していた太刀の名宝「一期一振」の変遷行方の謎と絡ませている点。本書の物語が、富田長繁の死の1574年2月で終わらずに、”発句”と”挙句”の両章が、天正6年(1578)春、備後・鞆の浦(現・広島県福山市)で、本書全般の語り部の役回りだった小林吉隆が、毛利方に越前狂乱についての語り部として物語に再登場する構成の面白さには唸らされる。

トーリーの舞台は、1570年~1573年の元亀争乱の織田方と朝倉方との北近江での戦い以外では、1573年8月の朝倉滅亡の翌月から展開された第2次一向一揆戦と織田軍の帰陣で北伊勢の長島や多芸山(養老山、現・岐阜県)、更に京都や加賀、備後・鞆の浦のシーンがそれぞれ登場するが、それ以外は、圧倒的に本書タイトルの文字通り、越前狂乱の舞台となった越前が殆どの舞台。一乗谷や府中(現・福井県越前市の旧武生)以外にも、北の庄や浅水(現・福井市)や長泉寺山(現・鯖江市)など、富田長繁と一向一揆勢との戦闘の地をはじめ、越前の各地が頻繁に登場する。更に朝倉家滅亡前後の数年に係る、数々の朝倉家一族や家臣・旧家臣など、沢山の実在歴史人物たちが登場し戦国越前の激動波乱の様子が描かれている。が、やはり圧倒的な存在感は、型破りの若き武将・富田長繁で、強烈な表紙イラストからも想像が膨らむ。蝸牛の兜や口周りの紅に長身巨体に大太刀という特徴に加え、狂気じみた戦闘的な様子は、「くるい咲き 越前狂乱」という本書タイトルがびったり。

圧巻は、やはり、富田長繁の豪放な活躍シーン。武将の味方もそれほど付いていなくて、織田信長が守護代に任命していた桂田長俊(前波吉継改め)を、大勢の土一揆を率いて一乗谷に攻め込み越前支配の体制を一日で奪い取ってしまう潮目の判断にも驚くし、その後に織田信長が任命していた北ノ庄の代官たちや越前各地の知行の朝倉家の有力旧家臣たちとも組む姿勢も見られない行動にも驚く。ほんの短期間の一時的とはいえ、越前の支配者を一気に奪取したのはわずか20代前半の若さということにも異常な勢いを感じる。更に一番の驚異は、北ノ庄の毛屋猪介や片山真光寺(現・福井市片山町)の増井甚内助と、富田長繁の有力与力たちが一向一揆の大勢に襲撃殺害され、数字に誇張はあるものの、14万近くの一向一揆勢に東西南北から居城の府中(現・越前市武生地区)を包囲されても、少数の軍勢で一向一揆勢にひるまずに戦っていき、帆山河原(現・越前市帆山)での勝利に始まり戦勝を重ね進軍を止めなかったことで、大軍の一向一揆勢との戦に負けず奇跡的な勝利を重ねながら、味方の与力に陣の後ろから鉄砲で撃たれて亡くなるという、あっけない死に方も意外。

尚、約14万もの一向一揆勢に包囲されていく場面は、府中の南からは新道、杣山、葉原、鯖並の一揆勢2万が今庄湯尾峠に陣取り、八杜庄、織田庄、栗屋、本郷の西方からの一揆3万5千は鯖江に布陣、北からは大野、北袋、南袋、足羽、吉田、志比庄の一揆5万が浅水から北ノ庄にかけて集まり、また東からは宅良、三尾、真柄、北村の一揆3万3千は既に先鋒が日野川を挟んで府中のすぐ東に位置する帆山河原(現・福井県越前市帆山)にまで進出と、数字にはかなりの誇張はあるものと思われるが、14万もの大勢に四方から押し寄せられ、絶体絶命の窮地に陥る、が、富田長繁は7百人余の軍勢で、帆山河原に布陣していた一揆勢2万を日野川を渡河強襲し一揆勢を打ち破ち一気に形勢挽回し勢いを増すが、休まずに無理な戦を続けることで、味方の与力である小林吉隆に後ろから鉄砲で撃たれるという予想外の裏切りに遭い、富田長繁や越前の運命が更に大きく急転することになる。

目 次
発句
序 狂乱前夜
第1章 滅亡
第2章 逆徒
第3章 禍乱
第4章 饗膳
第5章 凋落
第6章 狂奔
挙句
余話

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三田村合戦(姉川合戦)、虎御前山(北近江)、小谷城(北近江)、大嶽城(北近江)、丁野(ようの)山(北近江)、田神山(北近江)、一乗谷(越前)、一乗谷城(越前)、柳ケ瀬の辻(北近江)、刃根坂(北近江)、刃根坂の戦、疋壇城(越前敦賀)、敦賀、木ノ芽峠(越前)、足羽川(越前)、美濃街道、北國街道、大野郡(越前)、安居城(現・福井市下市町)、鳥羽城(現・福井県鯖江市)、朝倉館(一乗谷)、越前国今立郡水落村(現・福井県鯖江市水落)、越前国南仲条郡(現・福井県南越前町及び越前市一部)、豊原寺(現・福井県坂井市丸岡町豊原)、洞雲寺(現・福井県大野市)、亥山城(現・福井県大野市)、六坊賢松寺(越前国大野郡)、平泉寺(現・福井県勝山市)、佐和山城(現・滋賀県彦根市)、朝倉家滅亡、府中龍門寺(現・福井県越前市)、伊勢・長島城(現・三重県桑名市)、伊勢長島一向一揆、多芸山(たぎ、岐阜県)、上京・妙覚寺(京都)、朝倉文琳(三日月文琳)、籠手切正宗、朝倉藤四郎、一期一振、今立郡鳥羽(現・福井県鯖江市鳥羽)、北ノ庄(現・福井市)、大町専修寺(現・福井市大町)、和田本覚寺(現・福井市和田)、吉田郡志比庄(越前)、足羽郡北ノ庄(越前)、坂井郡本郷(越前)、鞍谷(越前)、高田仙福寺(越前)、称念寺(現・福井県坂井市丸岡町)、制札銭の禁止、加賀一向一揆、越前一向一揆、片山真光寺(現・福井市片山町)、日野川(越前)、真宗三門徒、横越(福井県鯖江市横越)、越前府中(現・福井県越前市武生地区)、浅水(あそうず、現・福井県福井市)、長泉寺山(現・福井県鯖江市長泉寺)、加賀・尾山御坊、「越州軍記」

<朝倉家一門・家臣の主な登場人物>
・富田弥太郎長繁(とだ・ながしげ、1551年~1574年2月18日)
・小林三郎次郎吉隆(生没年不明、父は吉長)
・毛屋猪介(けや・いのすけ、?~1574年2月13日、越前朝倉氏の家臣、富田長繁の与力)
・前波九郎兵衛尉吉継(まえば・よしつぐ。1524~1574年1月19日、後に桂田播磨守長俊と改名)
・魚住景固(うおずみ・かげかた、通名は備後守、1528~1574年1月24日、富田長繁に謀殺)
・魚住彦四郎(魚住景固の次男、1574年1月24日、父親とともに富田長繁の居城にて謀殺)
・魚住彦三郎(魚住景固の長男、1574年1月25日、居城の鳥羽野城にて富田長繁に攻められ死亡)
・増井甚内助(元朝倉家家臣、1572年8月9日、富田長繁、毛屋猪介とともに織田方に寝返る)
・朝倉景健(あさくら・かげたけ、後に安居(あご)景健に改名。?~1575年8月21日)
・鳥居景近(とりい・かげちか、兵庫助、?~1573年8月20日)
・鳥居与七(とりい・よしち、鳥居景近の嫡男)
・朝倉彦四郎(朝倉道景 あさくら・みちかげ、1558~1573年8月13日、刃根坂の戦で戦死)
・山崎吉家(やまざき・よしいえ、?~1573年8月14日)
・朝倉左衛門督義景(1533~1573年8月20日)
・朝倉景鏡(あさくら・かげあきら、朝倉家筆頭家老、?~1574年4月14日、後に土橋信鏡と改名)
・朝倉景忠(あさくら・かげただ)(生没年不明・通称は与三。鳥羽城主。鳥羽景忠と改名)
・朝倉愛王丸(1570~1573年8月26日。朝倉義景の次男で世子、越前国今庄で丹羽長秀に殺害)
・高徳院(朝倉義景の母、1573年8月26日、愛王丸とともに越前国今庄で丹羽長秀に殺害)
・朝倉義景の娘(本願寺顕如の長男・教如(1558~1614)の正室)
<朝倉家一門・家臣以外の主な登場人物>
・織田弾正忠信長(1534~1582年6月2日)
・浅井長政(1545~1573年9月1日)
・浅井久政(1526~1573年8月27日)
・浅井万福丸(1564~1573年9月、浅井長政の長男)
・武田信玄(1521~1573年4月12日)
・足利義昭(1537~1597年8月28日)
・丹羽長秀(1535~1585年4月16日、通名は五郎左衛門尉)
・明智光秀(1516或いは1528~1582年6月13日)
・林通政(はやし・みちまさ、第2次伊勢長島一向一揆戦の織田軍の撤退時に戦死)
・阿閉貞征(あつじ・さだゆき、?~1582年6月16日、元浅井氏家臣、近江国山本山城主)
・七里頼周(しちり・よりちか、七里三河守、別名・加州大将、本願寺の坊菅、1517~1576年?)
・清水長左衛門宗治(1537~1582年6月4日、備中高松城主)
・毛利輝元(1553~1625)
・柴田勝家(生年不詳~1583年4月24日)
・前田利家(1539?~1599年3月3日)

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