北陸を舞台とする小説 第25回 「恋路海岸」(佐々木 守 著)


「恋路海岸」(佐々木 守 著、三笠書房、1979年8月発行)

<著者略歴> 佐々木 守(ささき まもる、1936年~2006年)
(*本書に著者略歴記載なし、日本脚本アーカイブス「脚本家データベース」引用の上、一部追加)
1936年、石川県根上町(現・能美市)西任田の生まれ。石川県立小松高校出身。1959年、明治大学文学部日本文学科卒。大学卒業後、ラジオのコント番組のライター、ラジオドラマの脚本家となり、1963年に「現代っ子」でテレビドラマの脚本家としてデビュー。石堂淑朗、田村孟らに師事。1964年、大島渚らの独立系映画製作会社「創造社」に参加し、大島監督の映画脚本を共同執筆する。同時期、大島に紹介されたTBSのディレクター実相寺昭雄と意気投合し、特撮テレビドラマ「ウルトラマン」や「怪奇大作戦」などをコンビで制作。その後、ABCのプロデューサー山内久司と「月火水木金金金」「お荷物小荷物」など奇想天外なドラマを送り出した。1970年代後半、石川県山中町(現・加賀市)に移住し、山中町を舞台にポーラテレビ小説「こおろぎ橋」の脚本を執筆。漫画の原作では、水島新司の「男ド阿呆甲子園」ほかヒット作も多い。さらに作詞、雑誌の創刊など、多彩な才能を発揮した。2006年2月24日、すい臓がんで東京都新宿区の病院で死去。享年69歳。

テレビドラマ「恋路海岸」は、TBS系列金曜ドラマ(金曜22:00枠)で、1979年7月27日から10月12日、全12回で放送されたテレビドラマで、本書は、TBSテレビが制作したテレビドラマ『恋路海岸』を小説化した作品。本書のタイトル「恋路海岸」は、主人公の男女二人が冒頭に出会う場所が石川県の恋路海岸(石川県鳳珠郡能登町恋路)ながら、本書ストーリーの主たる舞台は、石川県小松市。本書の著者で、TBSテレビドラマ「恋路海岸」の脚本家の佐々木守(ささき・まもる、1936年~2006年)氏は、1936年、石川県根上町(現・能美市)西任田の生まれ、石川県立小松高校出身の昭和から平成のテレビ界で活躍した脚本家、放送作家、漫画原作者。佐々木氏は、「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」、「ウルトラマンタロウ」の「ウルトラマンシリーズ」の脚本をはじめ、「巨人の星」、「アルプスの少女ハイジ」、「コメットさん」、「七人の刑事」、「赤い運命」などの「赤いシリーズ」などの人気番組を数多く手がけ、他にも映画、小説、漫画原作、舞台などで活躍

ストーリーの始まりは、夏のある日、奥能登・恋路海岸で、一人旅でやってきた若い女性が、こむらがえりを起こして溺れそうになっているところを、偶々、海岸に遊びに来ていた30代半ばの見知らぬ男性に助けられる。男は女性から名前を聞かれ、”太郎と花子の、太郎”と名乗り、それで、女性の方も、”花子”と名乗り合う。太郎と名乗る男性は、男性のことをお兄ちゃんと呼ぶ絵里という20歳そこそこの若い女性と一緒で、太郎と絵里の2人は、短い夏の間だけ臨時に列車が停車する恋路駅から電車に乗り、穴水、金沢を経て自宅の小松に帰るが、偶然、電車で乗り合わせた花子と名乗る女性が、金沢で降りて宿を取るのかと思いきや、なぜか、一緒に小松まで付いてきて、そのまま、小松市に居ついてしまう。

この物語の主人公の女性である、この花子と名乗る女の正体は、1953年(昭和28年)生まれの26歳(この物語の設定時代がテレビドラマ放送時期の1979年と確認できる)の本名・水沢杏子。旧姓・中根杏子で、8年前、大学生になったばかりの18歳の時に、はじめて友人に連れていかれた東京・赤坂のスナックで、大手石油会社社長の長男御曹司で当時、20歳の学生だった水沢謙一に会い、すぐに恋に落ちるも、両家は二人の結婚には反対だったが、それぞれ家を出て同棲のような形で結ばれ、水沢謙一の父・謙造は二人の正式の夫婦として東京・杉並の家に引き取った。ところが、二人が結婚して1年とたたないうちに水沢謙一は放蕩をはじめ、遂に家を出たきり戻らなくなってしまった。それから7年、夫の失踪宣告は成立し、離婚届を出した水沢杏子は、第二の人生をめざして東京・杉並の水沢家を出て、特にあてもなく、1人、朝、羽田を発ち奥能登へ旅立った日に、恋路海岸で溺れかけ、そのことがきっかけで、行くところがなく帰るところもなかったために、石川県小松市に居つくことになる。

一方、太郎と名乗る男の本名は、和泉哲也。東京の私立大学を卒業して、東京で世間で一流と言われている商事会社の繊維部門の担当をしていて、仕事の性質上、しばしば北陸の小松を訪ねて繊維問屋を回っていたが、そうした問屋の一つで働いていた谷田部良子と愛し合うようになる。ところが、10年前、恋人の谷田部良子を自分が運転する交通事故で死なせてしまい、和泉哲也はスピード違反で交通刑務所に入れられ商社は解雇される。谷田部家は昔は小松綸子を扱う大手の問屋だったが、祖父の代で急速に家運が傾き、谷田部良子の両親も病弱で高校を出た年に、娘姉妹を残して亡くなっていた。和泉哲也はやがて小松市に現れ、当時、小学4年生だった谷田部良子の妹・絵里を、小松市の谷田部家で同居し育てることに贖罪の日々を過ごしてきたという辛い過去を持ち続けていた。谷田部絵里が成人式を済ませ一人前になったら、和泉哲也は、谷田部家を出ていくと言っていたが、谷田部絵里も20歳を迎え、短大を卒業すると同時に、東京に本社をもつ広告代理店の金沢支社に就職し、和泉哲也が谷田部家を出ていく時期がまもなく訪れるのかという微妙な頃だった。

物語は、東京から小松に居ついたばかりの水沢杏子と、東京出身ながら10年前に小松に移り住みはじめた和泉哲也を中心に、石川県小松市を主な舞台に、和泉哲也と同居する元恋人の妹・谷田部絵里や、小松駅前のアーケード街の商店主の人たち、谷田部家の下宿人や小松市内のスナックのママやスーパー店主など、小松の地元の人たちに加え、水沢杏子を探していた東京の水沢家の関係者の人たちが絡み繰り広げられる人間模様。重荷を抱えた水沢杏子と和泉哲也の2人の関係がどうなっていくかや、和泉哲也を慕う谷田部絵里や、水沢杏子を慕う義弟の水沢孝の互いの関係の話、更には、変わりゆく小松の駅前のアーケード街の賑わいを取り戻そうとする企画の展開などの話題も交え、物語が進んでいく。と本書では多少、登場人物や設定が異なる点もあるが、1979年放送のTBS系列金曜ドラマ「恋路物語」では、主演の水沢杏子役に真野響子、和泉哲也役に林隆三が配され、谷田部絵里役には樋口可南子、水沢孝役には広岡瞬という俳優陣。

男女の主人公が物語の冒頭で出会う場所が、本書のタイトルになっている恋路海岸(石川県鳳珠郡能登町恋路)で、1979年の夏の恋路岸海水浴場(恋路ヶ浜)がドラマのスタート。本書の冒頭書き出しは、”能登半島の七尾湾と富山湾に面する内浦は、荒々しい外浦とは対照的に、女性的で、優美な眺めがいたるところに展開している。そのため、夏の観光シーズンを迎えると多くの観光客や海水浴客で賑わうが、なかでも短い夏の間だけ臨時に列車が停車する恋路駅と、駅前に拡がる小さな湾 ー 恋路海岸は若者たちの間で人気が高い。”という文章で始まり、恋路という地名の由来を『能登名跡志』から引用している。恋路駅は、1964年、国鉄能登線の仮停車場(その後、臨時乗降場)として夏期のみ営業。国鉄からJR西日本を経て、1988年に、のと鉄道に移管され、能登線の通年営業駅として機能するも、2005年4月、能登線(穴水ー蛸島 全長61km)廃止に伴い、恋路駅は廃駅となった。

物語の主舞台となる石川県小松市については、寛永16年(1639年)、加賀前田家三代・加賀藩2代藩主の前田利常(1594年~1658年)が隠居して小松城に住み城下町としての基礎が固められていった小松市の歴史に始まり、小松駅前のアーケード街を始め、小松の昔の面影を残した町並みや、小松市を流れる梯川(かけはしかわ)、安宅の関跡など、小松の街の紹介が続き、更に、古くから南加賀の中心として栄え小松綸子や小松表は長い伝統に培われた優れた製品として全国にその名を知られている事や、小松製作所発祥の地としても有名と紹介されている。天正4年(1576年)に加賀一向一揆の土豪、若林長門によって築かれたとされる小松城についても、小松市役所に隣接する芦城公園は、旧小松城の三の丸跡で、道路をはさんだ小松高校は二の丸跡で、小松城は。湿地の中の平城で、非常時には近くを流れる梯川の水を城の周囲に引き込むようになっていたところから「小松浮城」とか「芦城」と呼ばれたとも紹介。養老年間(714~724年)泰澄太師によって開湯された由緒ある温泉で、加賀温泉郷最古の歴史をもつとされる粟津温泉も、東京から水沢杏子を探しに小松にやってきた水沢家の人たちが宿泊する場所として本書に登場。

本書の中で、気を惹く登場人物の会話がいつくつかあり。一つは、21歳の東京の大学生の水沢孝が義姉の水沢杏子に「義姉さんは、東京の家を出たあとなんとなくこの町にたどり着いたと言っているようだけど、東北でも関西でもないこの北陸を選んだのは、わかるような気がするな。能登とか金沢とか加賀とかいう名称には独特の情緒があるでしょう。つまり。ひとくちに石川県と言ったんじゃこぼれ落ちてしまうものですよ。そういう所って、もうあありないから、義姉さんがこの土地を選んだのはたぶん正解だったんだ」と語る場面。

もう一つは、21歳の東京の大学生の水沢孝が、小松生まれ育ちの20歳の谷田部絵里に、「きみはしあわせだな。ぼくはほとんど東京で育ったから、そういう自然をまったくといっていいほど知らないんだ。・・東京は人間ばかりだよ。どこへ行っても人間でごった返している。おまけにみんなひどく忙しそうで、たとえばきみとおなじくらいの年ごろの女の子とお茶を飲んでも、季節の移り変りのすばらしさを、いまのきみみたいに熱心に話すような子はひとりもいないんだ」という場面。北陸の季節の移り変りについて谷田部絵里が水沢孝に説明するシーン。「初秋のある日、その秋はじめてのひえびえとした北風が吹き始めるが、それが青北風(あおきた)で、雁渡し(かりわたし)ともいって、ひとたびそれが吹くと、海の色が急にすきとおったように青みを増すの」「(青北風のあとは)そのうちに、日本海の向こうからツグミの大群が能登島をめざして渡って来るの。何日も何日も、あとからあとから、空一面を埋め尽くして来るのよ」「(冬の前ぶれは、富山湾に起こる竜巻きだ。やがて、日本海の沖あいから腹にひびくような雷鳴がとどろいてくると、雪の訪れが近いことを知り)その雷のことを雪起こしと言うの。土地によってはブリ起こしとか、スズキ起こしともいうらしいけど。・・波の花というのもあるがや」

目次
第1章 ラブ・ロード・ビーチ
第2章 盛夏
第3章 海鳴りの街
第4章 夢のあとさき
第5章 夏のおわり
第6章 うろこ雲
第7章 さわやかな秋

<主なストーリー展開時代>
・1979年夏から秋
(*ヒロイン女性の水沢杏子が昭和28年(1953年)生まれで26歳という記述もあり)
<主なストーリー展開場所>

・石川県(恋路海岸、小松、粟津温泉、金沢)・東京(杉並、六本木)

<主な登場人物>
・和泉哲也(「太郎」と名乗る36歳の男)
・水沢杏子(「花子」と名乗る女で、昭和28年(1953年)生まれの26歳)
・谷田部絵里(「太郎」の死んだ恋人の妹で20歳)
・谷田部良子(和泉哲也の小松市在住の元恋人で、10年前、交通事故で亡くなる)
・眉村高次(小松駅前のアーケード街のうどん屋「加登良」の主人)
・水沢謙造(大日本石油の社長で、水沢杏子の夫の父親)
・水沢謙一(失踪した杏子の夫で、水沢謙造の長男)
・水沢孝(水沢謙一の弟で、21歳の大学生)
・森村康夫(小松駅前のアーケード街のモーターボート店「小松スポーツ」経営者)

・勝木史朗(40歳の洋品店主人。八ミリマニア)
・沖島由美子(謙一が失踪中に同棲していた女)
・松山悦子(小松市の谷田部家に下宿。高校生でラクビー部のマネージャー)
・北島克己(小松市の谷田部家に下宿。航空自衛官で25歳の自衛官二尉)
・山崎金吾(小松の駅前の商店会長で肉屋の山崎精肉店の主人。56歳)
・タツ子(山崎金吾の妻)
・工藤奈津子(興信所のスタッフ)
・小松市のカラオケスナックのママ
・山本三生(金沢在住のファッションデザイナー。最近、5年間のパリ遊学から帰国したばかりの新進)
・長沢雅子(水沢謙造の秘書で、結婚退職)
・早苗(小松のスナック「ダウンタウン」のママ)
・アケミ(小松のスナック「ダウンタウン」のホステス)
・小松のスナック「ダウンタウン」のマスター
・初江(東京の水沢家の50歳の家政婦で、水沢謙造の遠縁)
・谷田部絵里の顔見知りの新聞配達の少年
・清太郎(小松駅前商店街通りの下駄屋で眉村高次の幼友達。ハンバーガー・ショップのマスター)
・幸子(小松駅前商店街通りの魚徳の末娘。元紡績工場勤務でハンバーガーショップの店員)
・小林大蔵(大型スーパーの株式会社マルカク北陸地区総支配人代理)
・小松の地元スーパー「小松屋」の社長(小さな雑貨商から北陸3県に12のチェーン店を持つ)
・東京・六本木にある各種動物の貸し出しを専門にしている「マニア・プロダクション」

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