北陸関連の図録・資料文献・報告書 第4回 特別展「紀尾井町事件 武士の近代と地域社会」図録(石川県立歴史博物館 編集・発行)


「紀尾井町事件 武士の近代と地域社会」図録(石川県立歴史博物館 編集・発行、1999年4月発行)

石川県立歴史博物館  春季特別展「紀尾井町事件 – 武士の近代と地域社会 – 」
会期:平成11年(1999年)4月24日~5月23日
会場:石川県立歴史博物館(金沢市出羽町)

明治11年(1978)5月の紀尾井町事件(大久保利通暗殺事件)は、当時の社会に大きな衝撃を与えた事件で、とりわけ、首謀者の多くが、石川県士族(旧加賀藩士)であったことから、石川県の近代史にとっても特筆される出来事。紀尾井町事件(大久保利通暗殺事件)の背景を、明治維新の動乱から士族の民権運動や西南戦争などの士族反乱、さらに明治天皇の北陸巡幸の過程にたどり、明治前期の政治・社会を地域の視点から紹介する、石川県立歴史博物館  春季特別展「紀尾井町事件 – 武士の近代と地域社会 – 」が、平成11年(1999年)4月24日~5月23日の会期で、石川県立歴史博物館(金沢市出羽町)で開催され、本書は、その解説図録。

紀尾井町事件(大久保利通暗殺事件)そのものは、1878年(明治11年)5月14日午前8時ごろ、内務卿大久保利通が馬車に乗って三年町三番地(現・霞ヶ関)の私邸を出発し、赤坂仮御所(現・迎賓館)へ向かう途上の紀尾井町の路上で、午前8時30分ごろ、斬奸状をたずさえた士族6名によって暗殺された事件。実行犯は、石川県士族の島田一郎(一良)、長連豪、杉本乙菊、脇田巧一、杉村文一の5名に、島根県士族の浅井寿篤の計6名。その中でも特に中心的存在が島田一郎。尚、脇田巧一は、暗殺実行にあたり罪が家に及ぶのを恐れて士族を辞めて別家し平民となっている)。暗殺事件の実行犯6名は犯行後に赤坂離宮東門(現・迎賓館)に自首し、6名全員、明治11年7月27日、市ヶ谷監獄で斬刑となっている。

まず、4パートのうちの最初のパートは、「武士から士族へ -金沢藩ー」。明治初期における武士の解体と解体後の旧武士集団の問題は極めて重要なテーマであるが、百万石大名加賀藩の全国石高の収入も、大部分家臣への俸禄に宛てなければならないもので、加賀藩には禄高が大名に相当する1万石以上の藩士が12名いて、大藩のため武家社会に属する人々の数が甚だ多かった。更に加賀藩は、3代藩主前田利常のとき改作法という政策の一つとして藩士の地方知行が廃止され、藩士と知行地の結びつきはなくなり、領内へ町奉行などとして交代で派遣される藩士や、一部代々在地に世襲で居住する遠所附与力のほかは、江戸滞在のものを除いてすべて金沢城下に居住し城下人口の半分を武家社会の人々が占めていた。

この随一の大藩で独特の気風を持った加賀藩武家社会であったが、慶応4年(1868)1月の鳥羽・伏見の戦いのとき、加賀藩は徳川幕府方として藩兵を派遣していたが、途中幕軍の敗退を知り金沢へ引きあげさせ、徳川方の敗北が決定的となる最後の最後まで、薩長主力の新政府方に去就を明確にせず、戊辰戦争中の北越戦争で多大の犠牲を強いられるなど、明治維新の流れに乗り遅れ、金沢明治2年には士族たちの間に反政府的姿勢が見られていく。(1869)の版籍奉還(加賀藩14代藩主前田慶寧)に伴い加賀藩は金沢藩が正式な藩名となり、明治4年(1871)7月、廃藩置県で金沢藩が金沢県となり、翌明治5年2月、石川県に県名も改名。徴兵制、廃刀令の話から、金沢士族授産の話に及び、起業社と北海道開墾事業や北海道前田村の事や、加賀藩・横山家と尾小屋鉱山業の紹介など様々な取組が紹介されている。また明治維新の混乱期に旧藩主ま前田家が石川県士族救済のため、起業社への支援から数々の育英事業、学校建築、鉄道敷設などへの出資の話も興味深い。

4パートのうちの2番目のパートは「結社する士族たち ー士族反乱と士族民権ー」。明治6年(1873)征韓論争で政府が分裂。これを契機に士族の反乱や自由民権運動など反政府運動が盛んとなっていくが、明治所初期の特筆すべき動きは、第1次愛国社に参加した金沢の士族結社・忠告社で、一時は土佐の立志社、阿波の自助社と並び称される全国的にも有力な士族結社。この忠告社は明治前期の金沢の主だった士族を主義主張はされおき結集した士族結社で、官と結び付いて地域社会を進行し、旧加賀藩の名誉を回復しようとしたもの。各地で政府に不満を抱く士族の反乱が相次ぎ、明治10年(1877)には西南戦争が起きるが、石川県の不平士族の一部はこれに呼応する動きを見せるも、忠告社は決起せず。強硬派の島田一郎の一派は、忠告社から離れ「三光寺派」を形成。

4パートのうちの3番目のパートが「検証・紀尾井町事件」で、まさに明治11年(1978)5月の紀尾井町事件(大久保利通暗殺事件)そのものを取り上げ、暗殺計画の経緯や暗殺計画の当日の実行などは、やはり特に興味を引く。事件当日の大久保利通、刺客らの進路や、暗殺現場付近略図は、頁大の地図が2枚掲載され、更に古地図や事件関係地の今の写真も掲載されている。大久保利通暗殺事件が、従来一般に「紀尾井坂の変」と称されてきたが、実際に大久保利通が暗殺された場所は、紀尾井坂ではないことが、”事件の名称”や”事件の現場”の項目で詳しく説明されている。なお、暗殺の翌年(明治12年)(1879)には早くもこの事件を題材にした小説、岡本勘作(起泉)作の木版の絵双紙『島田一郎梅雨日記』が作られ、そのほか、講談の題材としても取り上げられている。

最後の4番目のパートは、「4.北陸巡幸と石川県」として、紀尾井町事件直後に挙行された明治天皇の北陸巡幸についての展示と解説を構成。明治5年(1872)の明治天皇の近畿・中国・九州へむけての巡幸を皮切りに、明治9年(1876)の奥羽巡幸、明治11年(1878)の北陸・東海巡幸、明治13年(1880)の山梨・三重・京都巡幸、明治14年(1881)の山形・秋田・北海道巡幸、明治18年(1885)の山陽道巡幸と、明治天皇の6大巡幸の3回目にあたるのが、明治11年(1878)8月30日から11月9日までの北陸・東海巡幸で、しかも、紀尾井町事件から10日も経たない明治11年(1878)5月23日に太政官は明治天皇の巡幸を発表。この巡幸では警戒が強められ、供奉の文官武官3百人余りに加え、特に4百人もの警察官が随行したとのこと。

主な関係人物解説<本書掲載>
■島田一郎(しまだ いちろう)嘉永元年(1848)~明治11年(1878)
■長 連豪(ちょう つらひで)嘉永6年(1853)または安政3年(1856)~明治11年(1878)
■杉村文一(すぎむら ぶんいち)文久元年(1861)~明治11年(1878)
■杉本乙菊(すぎもと おとぎく)嘉永2年(1849)~明治11年(1878)
■脇田巧一(わきだ こういち)嘉永2年(1849)~明治11年(1878)
■浅井寿篤(あさい ひさあつ/じゅとく)嘉永5年(1852)~明治11年(1878)
■杉村寛正(すぎむら ひろまさ/かんせい)弘化元年(1844)~大正5年(1916)
■松田克之(まつだ かつゆき)安政2年(1855)~明治18年(1885)
■陸 義猶(くが よしなお)天保14年(1834)~大正5年(1916)
■長谷川準也(はせがわ じゅんや)天保14年(1843)~明治40年(1907)
■内田政風(うちだ まさかぜ)文化12年(1815)~明治26年(1893)
■本多政均(ほんだ まさちか)天保9年(1838)~明治2年(1869)
■前田斉泰(まえだ なりやす)文化8年(1811)~明治17年(1884)
■前田慶寧(まえだ よしやす)天保元年(1830)~明治7年(1874)
■前田利嗣(まえだ としつぐ)安政5年(1858)~明治33年(1900)
■岩倉具視(いわくら ともみ)文政8年(1825)~明治16年(1883)
■大久保利通(おおくぼ としみち)天保元年(1830)~明治11年(1878)
■西郷隆盛(さいごう たかもり)文政10年(1827)~明治10年(1877)
■桐野利秋(きりの としあき)天保9年(1837)~明治10年(1877)
■片岡健吉(かたおか けんきち)天保7年(1836)~明治41年(1908)
■明治天皇(めいじ てんのう)嘉永5年(1852)~大正元年(1911)
■キヨッソーネ Edoardo Chioaone(1832~1898)イタリア人の銅板画家

斬奸状に挙げられた五罪
其一、公儀ヲ杜絶シ、民権ヲ抑壓シ以テ政事ヲ私ス
其二、法令謾施、請託公行、恣ニ威福ヲ張ル
其三、不急ノ土木ヲ興シ、無用ノ修飾ヲ事トシ、以テ国財ヲ徒費ス
其四、慷慨忠節ノ士ヲ疎斥シ、憂国敵愾ノ徒ヲ嫌疑シ、以テ内乱ヲ醸成ス
其五、外国交際ノ道ヲ誤リ、以テ国権ヲ失墜ス

こうした図版解説以外に、本書解説図録には、史料として、大久保利通暗殺の趣意書である長文の「斬姦状」(島田一郎・長連豪らが陸義猶に依頼して執筆してもらったもの)で、現在残っているもののうち、「三条家文書」の中の「島田一郎首唱」や、暗殺事件やその後の推移を報じる関連新聞記事も掲載され、更に続いて、上述のように、23名の「主な関係人物解説」が紹介されている。

付されている年表は、「島田一郎らの動向」「石川県の政治・士族に関する事項」「大久保利通の動向及び一般的政治状況」の年代対比表となっているが、「島田一郎らの動向」の欄では、1848年(嘉永元年)島田一郎出生から、6名の大久保利通暗殺犯それぞれの生年が記され、明治11年(1878)7月27日、暗殺実行犯の死刑判決、直ちに刑に就くところで完了。主な参考文献の記載も単行本、図録・目録、事典・辞典と詳細だが、出品目録としては、計262点の資料目録の情報がまとめられている。

目次
■開催にあたって
■凡例/目次
■カラー図版
■図版解説
紀尾井町事件とその時代 [紀尾井町事件と維新政権] [武士の近代]
1.武士から士族へ - 金沢藩 – [版籍奉還] [士族と卒族]
北越戦争/ 「士族」という身分/ 明治忠臣蔵/ 金沢県庁移転/ 徴兵制と武士/ 廃刀令とザンギリ頭/ 官吏・警官・教員/ 秩禄処分と金録公債/ 士族授産と士族の商法/ 百万石の威光/ 北海道前田村/ 横山家と尾小屋鉱山
2.結社する士族たち - 士族反乱と士族民権 – [士族の民権] [忠告社の結成]  [士族の反乱]
赤坂喰違事変/ 西南戦争と西郷像/ 西南戦争と石川県士族/ 士族の民権- 立志社と忠告社- / 忠告社と三光寺派
3.検証・紀尾井町事件 [島田一郎と長蓮豪] [暗殺計画]  [五月十四日] [その他]
内務卿大久保利通/ 内国勧業博覧会/ 斬奸状/ 事件の名称/ 事件の現場/ その日の大久保利通/ 葬儀とロンドンタイムス/ 梅雨日記
4.北陸巡幸と石川県  [明治天皇の大巡幸] [最大屈指の北陸行幸]  [紀尾井町事件と行幸]
竹橋事件と反乱兵士/ 明治天皇の肖像/ 北陸巡幸の風景/ 行在所と地方名望家
■史料【斬奸状/ 関係新聞記事】
■主な関係人物解説
■年表
■主な参考文献
■出品目録
■協力者一覧

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