南越地域の歴史人物とゆかりの地「明治大学創立者矢代操先生旧宅跡(福井県鯖江市屋形町)と矢代操先生胸像(鯖江市長泉寺町)

南越地域の歴史人物とゆかりの地「明治大学創立者矢代操先生旧宅跡(福井県鯖江市屋形町2-1)と矢代操先生胸像(鯖江市長泉寺町1-9)

(写真下:鯖江市まなべの館にある矢代操胸像と説明版 <2023年4月28日午前訪問撮影>
*鯖江市資料館(現・鯖江市まなべの館)(福井県鯖江市長泉寺町1丁目9)敷地内に2003年建立。
■明治法律学校(現 明治大学)創始者 矢代 操 先生  1852(嘉永5年)- 1891(明治24年)


さばえ人物ものがたり 明治法律学校を創始した 矢代  操(やしろ・みさお)
■時代 江戸時代末期~明治時代
■嘉永5年(1852)6月~明治24年(1891)4月
■略伝
旧鯖江藩士(勘定方役人)松本伝吾家に誕生、「美太」と名付けられた。美太が生まれた翌年(1853)に所謂「黒船来航」があり、日本の歴史が大きく変化していく変動の時期にあたる。美太は、文久元年(1861)ころ、藩校進徳館に入学している。成績優秀で、慶応2年(1866)には藩校の素読掛を命じられ、手当(1両)を下されている。明治2年(1869)に同じ鯖江藩士矢代家の養子となった。翌3年(1870)には鯖江藩を代表して貢進生に選抜され上京した。貢進生制度とは、新政府が全国の優秀な若者を選抜し、近代日本を築く新しい担い手を養成するため設けた教育機関のことである。美太はここでフランス民法を専攻している。この頃、操と名乗るようになったとされる。操はさらに法務官僚を養成する「明法寮」で学び、ここで旧鳥取藩出身の岸本辰雄(きしもと・たつお)、旧天童藩出身の宮城浩蔵(みやぎ・こうぞう)と出会い、若い青年たちに法律を教えるため、学校を創ることを決意し、明治14年(1881)に「明治法律学校」を創始するのである。  鯖江市教育委員会

(写真下:明治大学創立者・矢代操先生旧宅跡 <2024年2月24日午後訪問撮影>

明治大学創立者・矢代操先生旧宅跡(福井県鯖江市屋形町2-1)
矢代操先生について
1852(嘉永5)年6月20日、鯖江藩士、松本柔次郎(伝吾)の3男として生まれた。幼名を美太といった。藩校進徳館で学び素読掛に命じられる。1869(明治2)年 鯖江藩士、矢代家の養子となり第7代当主となった。翌年(1870)、明治政府により優秀な人材育成を目的として設置された貢進生に、鯖江藩からただ1人選抜された。全国から選ばれた貢進生の数は350名、ここで、明治大学の創立者となる岸本辰雄、宮城浩蔵と出会った。この頃、同じ鯖江藩士の娘と結婚、操と改名した。大学南校(東京大学の源流)を経て、1874(明治7)年 司法省明法寮(司法官僚の養成を目的として設置された学校、後に司法省法学校と改称)に転じ、ボアソナードやブスケよりフランス法律学を学んだ。1876(明治9)年卒業、法律学士の称号を得た。
卒業後、岸本や宮城たちはフランスに留学し、他の者は官僚の道へと進んだが、矢代先生のみは、在野にとどまり法律学の教育の道を選んだ。それは、自由や権利の本当の意味を国民が知るためには法律学の普及が必要であるとの考えからであった。講法学社で講師と幹事として教育と経営に携わると同時に、時習社において『法律雑誌』の発行にかかわった。1880(明治13)年に岸本と宮城がフランス留学から帰朝した後は、2人に諮り、また講法学社で事務経験のある斎藤孝治を幹事として明治法律学校の設立にこぎつけた。1881(明治14)年1月17日を創立日、当時の麹町区有楽町3丁目1番地の旧島原藩邸を誕生の地とする。法律学の普及にあたって、矢代先生は「教ユルハ学フノ半ナリ」をモットーとして教育に情熱を注ぎ、日本人で日本人を相手に法律学を教えた最初の人物として評価されている。先生は、また地方の学生のための通信教育にも力をつくし、1887(明治20)年、明治法律学校内に講法会を設置し、講義録の刊行につとめた。「仏国民法講義」と題して、契約篇、相続篇、財産取得篇などの著作を刊行した。
他方で、1879(明治12)年からは元老院において刑法と治罪法の草案審査に従事し、司法官僚としての道を歩んだ。1886(明治19)年には元老院書記官、1889(明治22)年には帝国議会開設のための臨時帝国議会事務局書記官、翌年(1890)には貴族院書記官、貴族院議事課長を経歴し、議院規則などの制定に尽力した。1891(明治24)年4月2日、病を得て没す。38歳の人生であった。東京青山霊園に眠る。

旧宅跡について
この旧宅跡は、1869(明治2)年10月、矢代家の家督を相続した時に住んだ家である。役職としては「中近習格並」、4石3人扶持の禄高であった。当時の宅地明細簿には地番として「上小路25-ハ」(現、鯖江市屋形町204番地)、「宅地25歩9厘5毛」の面積と記されている。1870(明治3)年旧暦10月9日(新暦11月2日)、矢代はこの家から東京に向けて最初の一歩を踏み出した。地元の人々の協力により発見、2012年、明治大学が取得し、社会連携の場として活用する。

  明治大学

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