ふくい日曜エッセー「時の風」第3回 「九頭竜に散った折鶴」(2020年5月3日 福井新聞掲載)

ふくい日曜エッセー「時の風」(2020年5月3日 福井新聞 掲載)
第3回 「九頭竜に散った折鶴」 物語紡いだ越前美濃街道

今年(2020年)のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」は、5月17日放送予定回から、いよいよ舞台は美濃から越前に移ることになる。明智光秀一族は越前に逃れ再出発を期することになるが、雌伏の地・越前編も楽しみだ。

明智光秀公顕彰会は、1989年に明智光秀の菩提寺である天台真盛宗総本山西教寺(滋賀県大津市坂本)に事務局を置いて発足しているが、この発足に尽力し副会長として長らく顕彰活動を引っ張ってこられたのが、三国町出身の歴史小説作家・中島道子さんだ。

松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の途中に丸岡を訪れた際に称念寺門前に伝わる明智光秀の妻の逸話を聞き、後に伊勢で詠んだ句のことや、福井市東大味に、光秀の屋敷跡と伝わる場所に住む3軒の農家が「あけっつぁま」と明智光秀の恩を忘れず敬愛し、小さな光秀の座像を秘かに代々守り継いできた話を、中島さんが30年以上前に知り、特に東大味の村人のいじらしい心優しさと実直さに、中島さんが大いに心動かされたことがきっかけだ。そういう由来の顕彰会に「ふくい男」がしっかり関わるべきと中島さんに諭され、約10年前から私も顕彰会の役員に名を連ねている。

中島さんは、光秀が身重の妻を背負って、福井県と岐阜県の県境にある油坂峠を、一族・家臣ともに美濃から越前に逃げ延びるという一説に伝わる話を、何度も講談師さながらの語り口調でよく紹介されていたが、この油坂峠が結ぶ越前美濃街道は、福井県と首都圏・中部圏との交通アクセスの大幅向上が期待される中部縦貫自動車道の開通で今後大きく姿を変えることになり、残す大野油坂道路区間の全線開通実現が待たれる。

油坂峠を越えて美濃から越前に入る越前美濃街道を歩いた人で、私が忘れられないのは「木枯らし紋次郎」。「あっしにはかかわりのねえことでござんす」のセリフと口にくわえた5寸もの長い楊枝で一世を風靡したニヒルな無宿渡世人で旅から旅へと人生の裏街道を歩く股旅物で作家・笹沢佐保氏が生み出した時代劇ヒーローだ。小説のシリーズは1971年に始まり、中村敦夫 氏主演のテレビドラマ「木枯し紋次郎」は、フジテレビ系列にて翌年から毎週土曜夜一話完結の連続ものとして始まり、その後も「続」「新」とTVドラマシリーズは続いた。

木枯し紋次郎の生国は上州新田郡三日月村。三日月村も架空の土地ではあるものの群馬県太田市藪塚町が「木枯し紋次郎の里」と名乗りをあげている。この町の南隣は、福井と深い関係にある新田義貞ゆかりの地・旧新田町(太田市)で、藪塚町にある温泉も新田義貞の湯治場の一つと言われている。木枯し紋次郎は、東国の街道・峠道をよく歩いていたイメージがあるが、福井にも現れている。1973年2月放映の「続・木枯し紋次郎」第12話「九頭竜に折鶴は散った」は福井が舞台。越前・三国の女郎屋にいる「お春」という娘を請け出してほしいと頼まれ美濃から越前に入り九頭竜川に沿って三国を目指す紋次郎の前に、秘密の銀の採掘場を仕切る盗賊集団が立ちはだかる。折鶴が好きだった娘「お春」や娘を好いた若者は悪党たちに殺されてしまう哀(かな)しい話だ。

美濃から油坂峠を越え大野を通る美濃街道にはじまり、銅、鉛、銀などを産出した旧和泉村(大野市)の面谷鉱山、大野藩・勝山藩の城下、九頭竜川の水運、賑(にぎ)わう三国湊と、生産と生活を基盤とした個性・文化的特色のある地域としての江戸期の福井を思い描くことができる。  と同時に、折鶴にこめた「お春」のように、つつましい幸せを望んだ無辜(むこ)の無数の民の様々な祈りや願い、哀しみが、この福井の地にも昔から今に至るまで溢(あふ)れていることを改めて想(おも)う。

中部縦貫道工事が進む中、油坂峠と越前美濃街道に生まれてきたであろう、いろんな人の物語にも、もっと注目したい。ちなみに歌人橘曙覧は1844年、3女健子を疱瘡(ほうそう)で亡くしたが、哀しみを古学と和歌に向け、敬慕していた飛騨高山の田中大秀(おおひで)の教えを受けるため、油坂峠を越え入門している。

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