関東圏における北陸ゆかりの地「生品神社(新田義貞挙兵伝説地)」(群馬県太田市新田市野井町)

関東圏における北陸ゆかりの地「生品神社(新田義貞挙兵伝説地)」(群馬県太田市新田市野井町)

(写真下:「生品神社」(群馬県太田市新田市野井町)<*2021年12月25日午前訪問撮影>
(写真下:「生品神社」拝殿(群馬県太田市新田市野井町)<*2021年12月25日午前訪問撮影>

国指定史跡 新田荘遺跡 生品(いくしな)神社境内
所在地 群馬県新田郡新田町市野井640他
指定 平成12年(2000年)11月1日
新田義貞が後醍醐天皇の綸旨を受けて、元弘3年(1333)5月8日、鎌倉幕府(北条氏)討伐の旗挙げをしたところが生品神社境内です。昭和9年(1934年)に建武の中興6百年を記念して「生品神社境内 新田義貞挙兵伝説地」として史跡に指定されましたが、平成12年(2000年)に「新田荘遺跡  生品神社境内」として、面積を広げて指定されました。義貞が旗挙げを行った時はわずか150騎でしたが、越後の新田一族などが加わり、たちまち数千騎となって、15日間で鎌倉幕府を攻め落としたといわれています。神社境内には、旗挙げ塚、床几塚があり、拝殿の前には義貞が旗挙げの時に軍旗を掲げたと伝えられるクヌギの木が保存されています。現在では、義貞挙兵の故事にならい、毎年5月8日、氏子によって鏑矢祭が行われています。この行事は古くから神社に伝わるもので、旗挙げの時に鎌倉攻めの吉凶を占ったといわれています。平安時代に編集された「上野国神名帳」に「新田郡従三位生階明神」と書かれていることから、神社は平安時代には存在していたと推定されます。
平成13年(2001年)7月  文部科学省 群馬県 新田町

(写真下:「生品神社」前に2012年5月に再建された「新田義貞公銅像」(群馬県太田市新田市野井町)<*2021年12月25日午前訪問撮影>


新田義貞(1300年頃~1338年)は、元弘3年(1333年)5月の鎌倉攻めに突然登場し、北条高時を権力の頂点とする鎌倉幕府を攻め滅ぼして後醍醐天皇を中心とする建武政府の樹立に貢献し、建武政府の一翼を担うものの、足利尊氏との対立を深め、その後、建武政府に反旗をひるがえして北朝の天皇を擁立し室町幕府を開いた足利尊氏方との抗争で各地を転戦。延元元年(1336年)10月、後醍醐天皇の比叡山からの京都還幸と分れ、新田義貞は、比叡山を下りて恒良・尊良の両親王とともに越前へ下向。これ以降、越前国金ヶ崎の戦い(現・福井県敦賀市)で北朝の足利方の室町幕府に敗北するも、その後は越前の軍事的主導権を握るまでに至るが、南北朝内乱初期の暦応元年(1338年)閏7月に越前国藤島の灯明寺畷(現・福井県福井市)で不慮の戦死を遂げるまで、越前で南朝方の勢力拡大に奔走する。劇的な挙兵と鎌倉幕府を滅ぼした時から一度も生国に戻らず、30数年の生涯の中で、足利尊氏と覇を競い疾駆した5年の後半の約2年間は、越前各地で奮戦し越前で戦死となった北陸・越前と大変ゆかりの深い武将。

新田義貞は、上野国新田荘(現・群馬県太田市周辺)を拠点とする新田氏宗家7代当主・新田朝氏(1274年~1318年)の嫡男として生まれ、文保2年(318年)父・朝氏が45歳で死去したことにより、衰退していた新田氏宗家の家督を継ぎ8代当主となる。生年については判然としておらず、暦応元年(1338年)閏7月の戦死の時に37歳~39歳とも言われていて、出生地についても、台源氏と呼ばれた新田氏4代目・政義の館跡といわれる台源氏館跡が新田義貞誕生伝説地となっており「新田義貞卿誕生地之碑」(群馬県太田市由良町)が建立されているが、新田義貞誕生地は、他にも、新田義貞が育った新田郡生品村反町館(大田市新田地区)説をはじめ、世良田新田館(総持寺)説、碓氷郡榛名町里見郷(高崎市榛名地区)説などがある。

鎌倉幕府打倒を掲げる後醍醐天皇の勢力と、鎌倉幕府及び北条高時を当主とする北条得宗家の勢力が争った元弘の乱(1331年~1333年)の渦中で、新田義貞は、河内楠木正成攻めに参加するなど鎌倉幕府側で参戦したものの、1331年3月、河内千早攻囲陣より倒幕の綸旨を得て帰郷。1331年5月8日、新田荘一井郷の上野国生品明神(現・群馬県太田市新田市野井町)に一族と共に鎌倉幕府打倒の挙兵し、鎌倉に向け利根川を渡り鎌倉街道(上ノ道)を一気に南下し(進路についても最初に東山道を西進したのかどうかなど諸説あり)、関東の反鎌倉勢力を糾合して鎌倉に進攻。激戦の末に、1333年5月22日、挙兵後、わずか15日で鎌倉幕府を滅ぼす第一の勲功を立てる。鎌倉幕府打倒の為の挙兵については、『太平記』では、”5月8日の卯刻(午前6時前後)に、生品明神の御前にて旗を挙げ、綸旨を披て三度是を拝し、笠懸野へ打出らる、相随ふ人々、氏族には、大館次郞宗氏・子息孫次郎幸氏・二男弥次郎氏明・三男彦二郎氏兼・堀口三郎貞満・舎弟四郎行義・岩松三郎経家・里見五郎義胤・脇屋次郞義助・江田三郎光義・桃井次郞尚義、是等を宗徒の兵として、150騎には過ぎざりけり、此勢にては如何と思ふ処に、其日の晩景に利根川の方より、馬・物具、爽に見へたりける兵2千騎許、馬煙を立て馳来る。すはや敵よと目に懸て見れば、敵には非ずして、越後国の一族に、里見・鳥山・田中・大井田・羽川の人々にてぞ坐しける。”と記している。

生品神社境内(元・群馬県新田郡新田町市野井、現・群馬県太田市新田市野井町)は、昭和9年(1934年)3月13日、建武の中興6百年を記念して「生品神社境内 新田義貞挙兵伝説地」として国の史跡に指定されたが、平成12年(2000年)11月1日、「新田荘遺跡  生品神社境内」として、面積を広げて国の史跡に指定されている。神社境内には、旗挙げ塚、床几塚、記念碑などがあり、義貞が旗挙げの時に軍旗を掲げたと伝えられるクヌギの古木は、明治37年(1904年)6月9日に倒れ、幹の一部が拝殿前に保存されている。なお、生品神社の境内内にもともと安置されていた、海中に太刀を投じる姿の新田義貞公の銅像は、1941年に義貞公を慕う地元小学校の教師と児童たちが勤労活動によって集めたお金を元にして建立されたもので、1983年の挙兵650年を機に生品神社の境内に安置されていたもの。ところが、2010年2月、この生品神社の境内に安置されていた新田義貞公の銅像が何者かによって盗まれてしまい、2011年に地元の有志の方々を中心に「新田義貞公銅像再建委員会」が発足し、生品神社前に再建され、2012年5月8日、義貞公銅像除幕式が行われた。新たな銅像の製作者は、彫刻家の脇谷幸正 氏で、新田義貞の弟・脇屋義助の24代目子孫にあたる方とのこと。

(写真下:生品神社境内の「神代木」(群馬県太田市新田市野井町)<*2021年12月25日午前訪問撮影>
(写真下:生品神社境内の「床几塚」(群馬県太田市新田市野井町)<*2021年12月25日午前訪問撮影>

(写真下:新田義貞公の銅像が盗まれたままの生品神社境内の銅像台座(群馬県太田市新田市野井町)<*2021年12月25日午前訪問撮影>


(写真下:「国指定史跡 新田荘遺跡案内図」「生品神社境内」(群馬県太田市新田市野井町)<*2021年12月25日午前訪問撮影>

国指定史跡 新田荘遺跡案内図
「新田荘」は、平安時代末期の12世紀中頃に成立した新田氏の荘園です。太田市西部を中心とした地域には、かつて日本の中世史を代表する荘園「新田荘」が存在し、ここを本拠に新田氏一族が活躍を繰り広げていました。この荘園の遺跡は、現在も数多く残っています。平成12年11月1日、それらの中の代表的な遺跡が「新田荘遺跡」として国の史跡に指定されました。この史跡は、「新田荘」に関連する寺社境内・館跡・湧水地など、11の遺跡から構成されています。この史跡の特徴は、広域に存在する複数(指定時は、太田市・尾島町・新田町の1市2町)の中世遺跡を荘園遺跡として面的にとらえ、1つの史跡としたところにあります。  太田市教育委員会

「史跡 新田荘遺跡」 ①円福寺境内 ②十二所神社境内 ③総持寺境内 ④長楽寺境内 ⑤東照宮境内 ⑥明王院境内 ⑦生品神社境内 ⑧反町館跡 ⑨江田館跡 ⑩重殿水源 ⑪矢太神水源

関連記事

お知らせ

  1. 2026/4/21

    第13回 BOOK DAY とやま(2026年5月23日~5月24日)@富山駅南北自由通路(富山県富山市)
  2. 2026/3/25

    石川県立歴史博物館 令和8年度春季特別展「鷹と加賀前田家」(2026年4月25日~2026年6月7日)@石川県立歴史博物館(石川県金沢市)
  3. 2026/1/21

    石川近代文学館 出張展示「文学に描かれた いしかわ」(2026年3月3日~2026年3月10日)@石川県政記念しいのき迎賓館(石川県金沢市)
  4. 2025/12/23

    高志の国文学館 企画展「富山が生んだ直木賞作家・源氏鶏太 展」(2026年1月17日~2026年3月9日)@高志の国文学館(富山県富山市)
  5. 2025/12/20

    石川県九谷焼美術館 企画展「九谷赤絵の極地 ー 宮本屋窯と飯田屋八郎右衛門の世界」(2025年12月20日~2026年6月28日、期間途中に休みあり)@(石川県加賀市大聖寺地方町)
  6. 2025/12/6

    泉鏡花記念館 企画展「鏡花本の絵師たち」(2025年12月6日~2026年5月17日)@泉鏡花記念館(石川県金沢市)
  7. 2025/11/1

    福井県ふるさと文学館 秋季企画展「没後5年 藤田宜永 展」(2025年11月1日~2026年1月18日)@福井県ふるさと文学館(福井県福井市)
  8. 2025/10/25

    いしかわ古書フェス(2025年11月2日・3日)@金沢駅東口・もてなしドーム地下広場(石川県金沢市)
  9. 2025/10/20

    SABAE BOOK FES 2025 (2025年10月25日・26日)@鯖江市文化の館 前 交流広場 および 館内(福井県鯖江市)
  10. 2025/9/25

    石川県立歴史博物館 令和7年度 秋季特別展「花開く九谷 ー19世紀 加賀藩のやきもの生産ブーム」(2025年9月27日~2025年11月9日)@石川県立歴史博物館(石川県金沢市)
過去の記事

ピックアップ記事

  1. 北陸ゆかりの作家 「森山 啓」(1904年~1991年) 森山啓(本名:森松慶治)氏は、富…
  2. 北陸の文化史跡・遺跡 「朝倉義景墓」(福井県大野市泉町) (写真下:「朝倉義景墓」(福井県大野市…
  3. 北陸の歴史人物関連 「二代大和田荘七翁寿像(1857年~1947年)」(福井県敦賀市相生町) …
  4. 北陸の文学碑 「文学の故郷碑」<旧金沢市立馬場小学校>(石川県金沢市東山3丁目) (写真下:「文学…
  5. 北陸の歴史人物関連 「山本条太郎翁胸像(1867年~1936年)」(福井県福井市足羽上町<足羽山公園…
  6. 北陸の寺社「神明神社」(福井県福井市宝永4丁目8) (写真下:神明神社(福井県福井市宝永4丁目8)…
ページ上部へ戻る