ふくい日曜エッセー「時の風」第5回 「過去の影は未来の約束」(2020年9月6日 福井新聞掲載)

ふくい日曜エッセー「時の風」(2020年9月6日 福井新聞 掲載)
第5回 「過去の影は未来の約束」 アジア的様式継承、発展を

福井市中央公園に大きな銅像が建っている岡倉天心(覚三。1863-1913)は、急激な西洋化の荒波が押し寄せた時代の中で、日本の伝統美術の優れた価値を認め、美術行政家、美術運動家として近代日本美術の発展に若くして大きな功績を残すとともに、東洋や日本の美術・文化を欧米に英語で積極的に紹介するなど、国際的な視野に立って活動した福井が誇る偉大な先覚者だ。

越前の産物を扱う横浜商館の支配人となった旧福井藩士の次男として幕末の横浜に生まれた天心は、その後も家族が東京の日本橋蛎殻町に引っ越し同町の福井藩下屋敷の一角で宿屋と越前物産の取次店を開くなど、福井との関係は深く、常に「故郷は福井」と話し、両親の故郷の福井に生涯、強い愛着を持っていたと言われる。福井から呼び迎えられた幼時時代の乳母が橋本左内の親戚で、時代を隔てない福井藩士の英雄の話を幼い天心によく語り聞かせていたという話も有名だ。

百年以上前に著された天心の著作では、美術への熱い想いに加え、日本・東洋の覚醒を促す強い想いが感じ取れるが、自分たちの文化的背景を自身の中にどれだけ体現できているかという問いかけの意味は、生活における精神、芸術、文化の価値が揺らぐ今の時代、更に重いはずだ。「過去の影は未来の約束」といい、アジア的様式の意識を確認し発達させることの必要性を説いている。

古代からアジアとのつながりが深い福井の文化的基層をアジア的視野で感じる上で、私自身は、古代中国の越系民族文化、古代朝鮮との関係などに加え、「照葉樹林文化」にも昔から注目している。東アジアには、雨量の多い暖温帯に発達する常緑広葉樹で構成される照葉樹林帯があり、この森林帯はヒマラヤの中腹から、東インドのアッサム、インドシナ半島北部山地、中国西南部の雲南高地から長江流域へと帯状に分布し、さらに朝鮮半島南部から、福井県地域を含む西日本一帯にまで続いているが、この照葉樹林帯には数多くの共通する文化要素があり特有の文化のまとまりが「照葉樹林文化」として提唱されている。

福井の地も、その昔は嶺南一帯、嶺北も平野部を中心に照葉樹林が広がっていたとみられているものの、照葉樹林の自然植生は開発によりほとんど破壊され、雄島(坂井市)、鷹島(高浜町)、冠者島(おおい町)など離島か、小浜市の若狭姫神社や若狭町の宇波西神社など一部の寺社叢林などを残すのみと言われるが、その生態的風土が生み出す様々な文化要素は、照葉樹林帯の周縁といえる福井県各地に残ってきた。ウルシの利用と漆器制作、野蚕の利用・マユから絹を作る技法、麹を用いるツブ酒の醸造、ミソやナットウなどの大豆の発酵食品、コンニャクの食用慣行、食べ茶・飲み茶の慣行、モチ種の穀物の開発と儀礼的使用、竹と竹細工、サトイモ、カジノキと紙漉き、ナレズシなどと、作物・食・生活様式・生産技術から文化的習俗までと幅広いのも、照葉樹林帯に特有の主な文化的特色だ。

福井に受け継がれてきた、これらの様々な文化要素を見つめ直すことは、アジアとつながる福井の生態的風土と文化的背景を理解し、人間と自然の関係を問い直し多様で豊かな風土、暮らし、文化をどう再生し継承していくかを考えるうえで意味があるはずで、これらの文化要素を共通土壌での一体となった文化特質として発展創造していく事も重要だ。

岡倉天心は、インドの詩聖・思想家タゴールと深い親交を持ったことでも有名だが、たくさんの歌も作ったタゴールの歌がいまなお生きるインド、バングラデシュの地でその魅力を掘り起こすドキュメンタリー映画「タゴール・ソングス」が昨年制作され、全国各地での上映が続き話題となっている。この映画監督が、東京外国語大学のヒンディー語専攻で在学中にベンガル語も学んだ佐々木美佳さんで若干27歳の鯖江市出身の若者だ。岡倉天心、タゴールの時代から「百年後」の時代に先人の想いを繋ぐ若い芽が育っているが、未来への約束を確かにするためにも、福井の風土を生かし文化や思想、人を育む新しい時代の土壌づくりがもっと必要だろう。

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