コラム「メコン仙人だより」(江口久雄さん)第68話「麻羅と安羅人」

コラム「メコン仙人だより」第68話(江口久雄さん) 麻羅と安羅人

『古事記伝』を書いた本居宣長は、天津麻羅を鍛人すなわち製鉄技術者の通名であると解釈しています。麻羅の「羅」はラと読まれますが、古代においてはしばしばロやルと交替する音だといわれています。ですからマラはマロのことで「アマツマロ」(天の男)と読んだように思われます。この男子の美称のマロ(麻呂)は李寧煕によれば韓国語の古語のマラ(頭)に由来すると言います。すると「アマツマラ」のままで「天の頭」となります。ともあれ、両人とも「魔羅」とは読んでいません。天津麻羅は男で、また「頭」をさす言葉です。すなわち安羅の鍛人が大刀の「環頭」と詩的に呼ばれたことにつながりますね。

『古事記』では、鍛人(かぬち)天津麻羅を求(ま)ぎて、と述べており、よそから技術者を招いたことが強調されていますが、そこで『日本書紀』に見える天糠戸者(アマノアラトノカミ)が生きてくるのです。糠戸者をアラトノカミと読んでいますが、漢字の表現は「者」であり人間あつかいです。ですからこの名前の主要な部分は天糠戸(アマノアラト)で、アラトとは安羅人すなわち高い文化の中心地だった安羅の人を意味するもので、海域国家を造っていた海人族は、安羅にいた製鉄技術者を招いたことになると読めるのではないでしょうか。マラ(Malar)は大刀のきらびやかな環頭を意味する言葉で、崑崙船が舶載してきた環頭大刀の象徴とされたものではなかったでしょうか。安羅から来た製鉄技術者を天津麻羅(天の環頭)と詩的な表現で歌ったものと考えてはどうでしょう。「アマツマラ」と「アマノアラト」の違いに、僕は歌われるものとしての『古事記』と、記録文書としての『日本書紀』の性格の違いを見るのですが。

ところで金山神社という名の神社が各地にあり、魔羅(男根)をご神体にしているところが少なくありません。高橋鉄は『古語拾遺』に天津麻羅のまたの名を天目一箇命(アメノマヒトツノミコト)と記してあるのを引いて、尿道口を一個の目とみなせばこれは魔羅(男根)になると主張しました。しかしアメノマヒトツノミコトという言葉の形は不自然なところがあります。『古事記』ではイザナギ・イザナミが島々を生みますが、そのなかに壱岐のまたの名として天比登津柱(アメヒトツハシラ)、また女島のまたの名として天一根(アメヒトツネ)という言葉が見えます。

それら二つの島の別名は「アメヒトツ+名詞」という構造で、これを仮に古い型とするならば、アメノマヒトツという言葉は古い型に合いません。古い型で言うならばアメヒトツ+ハシラ、アメヒトツ+ネのようにアメヒトツ+マとならなければなりません。不自然と言ったのはこのことで、アメノマヒトツという言葉は後代の創作でしょう。ながく秘本とされた『古事記』に使われている「アメヒトツ+名詞」という古い型を知らない俗人が麻羅=魔羅の先入観によって作ったアメノマヒトツという言葉が、たまたま『古語拾遺』に捕捉されるほどポピュラーになっただけのものかと思います。神社のご神体にしてもその延長にすぎないものでしょう。どうもわれわれ日本人はマラとかホトという言葉を見ると理性を失ってしまう傾向があるようですね。

さて安羅の街はもと弁辰十二国の安邪です。これは俗にアヤと読まれていますが漢音でアンジャと読むべきでしょう。タミル語のアンジャル(旅人の宿舎)に由来するもので、六伽耶連合が成立したときから文化が高く歓楽街もあり、華僑が往来しインド人も来るといった華やかな街だったのでしょう。五世紀はじめの高句麗の広開土王の石碑には「安羅人」という言葉が出ていますから、漢が滅んで三国時代となり、その後、南北朝時代となる三~四世紀の間に、新羅をはじめ韓の地の各国に「羅」の字が流行して安羅という表記ができたもののようです。そしてモン人がラングンと呼んだ街をビルマ人がヤンゴンと訛って呼んだように、華僑はアラの街をアヤと呼んだものでしょう。記紀に見えるアラコ、アヤヒトはみな安羅人のことです。さらに言えば新潟県の一部に伝わる「綾子踊」もそれで、踊り手の衣装は古代の安羅人の服装を伝えるものではないでしょうか。

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